◆azwd/t2EpEによる雑記です。 自由気ままに書いてみます。
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 まさに獲物を狙う獣の目で、フサギコは町を徘徊しつづけた。
 そしてやがて、こじんまりとした何かの店を発見したのだ。

「なんでもいい、なんでもいいから飯を……」

 既に空腹は限界近くに達していた。
 だからこそ、フサギコには、『占術』という看板などまるで見えていなかったのだ。

「……ん? なんだここ」

 ドアを無造作に開けた先には、窓さえない空間。
 外光が微かに照らし出す、石造りの床、木製の椅子、壁。

 そして、幽暗に浮かぶ、人影。

「……ようこそ」

 透明な壁の向こうに座っている。
 髪の長い、女だった。

「初めまして」

「あぁ……初めまして、だな」

 長い前髪が目元を隠している。
 表情を窺えないことに、フサギコは不気味さを覚えていた。

「なんの店だ、ここは。飯屋じゃなさそうだが」

「占術を商いにしています」

「占いか」

 フサギコは言葉に嘲笑を込めた。

「曖昧な未来を告げるくらい、俺でもやれると思ってんだがな」

「そうですね、私にできることの多くは、誰にでもできます」

 挑発気味のフサギコにも、あくまで女は冷静だった。
 無表情なままで、言葉を返していた。

「ですが、私にしかできないことも、あります」

「アンタ、なんて名前だ?」

「サダコ・リジェです」

「で、サダコにしかできないことってのは、なんだ?
 もしかして、【千里を見渡す力】があるのか?」

 フサギコは、あえて噛み砕いて言った。
 シッターとしての力、といえば早いが、理解されない可能性を考慮して、だ。
 シッターという職業がこの地域にあるかどうかさえ、フサギコには分からなかった。

「いいえ」

 サダコはやはり、無表情を崩さずに否定する。

「残念ながら、そのような力はありません。
 もっとも、仮にあったとしても私には気づけません」

「どういう意味だ?」

「私は、生まれてから一度も、ここを出たことがないので」

 フサギコは、サダコと向き合うべく、木製の椅子に腰掛けた。
 かなり古いものであり、四本の足は即座に悲鳴を上げる。

 しかし、フサギコは椅子の足が折れそうかどうかなど、まったく気にしていなかった。
 正確には、気にしていられなかったのだ。

「出たことない、だと? 冗談だろ?」

 サダコが何歳かは、フサギコには分からない。
 顔がほとんど髪で隠されているため、推測も難しかったのだ。
 ただし、子供の背丈でないことだけは確かだった。

「いいえ、本当のことです」

「何でだ? 監禁されてんのか?」

「違います。私が、それを望んだのです」

 淡々とサダコは物を語る。
 しかし、核心には触れようとしない。
 フサギコが、そこに違和感を覚えないはずはなかった。

「なんか事情がありそうだな」

「詳しくは、お話できません」

「まぁ、無理に聞き出すつもりもねぇよ」

 そうは言ったが、フサギコの視線がサダコから逸れることはなかった。
 しかし、聞き出すことはせず、間を置いて言葉を紡ぐ。

「で、ここじゃ何を占ってくれるんだ?」

「あなたの未来を」

「じゃ、占ってくれよ。俺はフィストラトスに登ろうと思ってんだが、無事に越えられるかどうか」

 フサギコは、最初と同じように、小馬鹿にした物言いだった。
 しかし、サダコは最初と同じような無表情ではない。

「……ん?」

 サダコは、口を薄く開けて、呆けていた。

「なんだ、命知らずは死んじまえってか?」

「……いえ……そうではありません」

「じゃあ、なんだ」

 フサギコは口調は強まった。
 しかし、サダコからの返答はない。

「おい」

「……無事を、お祈りします」

「答えになってねぇよ」

「いつも、そうなのです」

 サダコは、やっと先ほどまでの無表情に戻った。

「私は占術などと言っていますが、無事を祈ることしかできないのです」

「なんだそりゃ、占えないってことか? 詐欺じゃねぇか」

「金銭はいただいておりませんから。ただ、無事を祈るだけです」

「なるほどな、それでシスターか」

「えぇ」

 バーの店主がシスターと呼称していた女は、サダコだったのだとフサギコは気づいた。
 清楚とはお世辞にも言えず、神などという存在がいるとしても、謁見時には門前払いを食らうだろう。
 フサギコは、サダコを再び見つめながらそう思った。

「旅のお方が南へ行く際、この町に立ち寄ることが多くあります」

「俺もそうだ。南じゃなくて西だけどな」

「皆さんのお話を聞いて、無事を祈る。
 ただそれだけの女です、私は」

 本当に、ただそれだけの女だったら。
 こんなところに何年も引きこもるはずはないだろう。

 フサギコはその思いを、口にはしなかった。

「ここから出たことないんだったら、町のこともさっぱりか?」

「はい」

「そうか、じゃあ飯だの宿だの聞いてもしゃーないな。邪魔した」

「またいつでもいらしてください」

 フサギコは、サダコに決して悪い印象を抱いたわけではない。
 が、再び会って話したいとも、思わなかった。

 その程度の感情を担いだまま、扉を開けて光のなかへと溶け込んでいった。


 そして、翌朝。

「おはようございます」

「…………」

 やつれた顔でフサギコは、黙ってサダコの前に座る。

「どうなさいました?」

「ふざけんな……なんだこの町は……飯食うとこも寝るとこもねぇじゃねーか……」

 昨日、サダコの店を出たときは、ようやく太陽の色が赤らみはじめた頃だった。
 それから、星が活動をはじめ、月が暢気に夜空をたゆたうときまで、フサギコは延々町を歩いた。
 そして遂に、空腹を満たす店も快眠を提供してくれる宿も見つけることはできなかったのだ。

 正確には、存在した。
 看板を見る限りでは、確かに飯屋や宿屋だとフサギコは思った店があったのだ。
 しかし、扉には頑丈すぎるほど頑丈な鍵がかけられていた。

「昨晩は、どこで過ごされたのですか?」

「町の外れの大木に世話になった。残念ながら果物の類は付けちゃいなかったが……」

「それは、災難でしたね」

 くすりと笑ったサダコ。
 その笑顔が、思いも寄らぬほど似合っていたことに気づいたフサギコ。

 生まれてから一度も切っていないのではないか、と思えるほど長い髪。
 その髪でサダコの顔は、大部分が隠されていた。
 しかし、口元だけを見れば、フサギコには分かったのだ。

「フサギコさん、職業をお聞きしてもよろしいですか?」

「職業? ワンダーだ」

「ワンダー……とは?」

 そうか、それさえ知らないのか。
 長らくここで過ごし、外界と接していないならば、致し方ないのだろうか。
 フサギコは、曖昧な思案を振り払った。

「ワンダーってのはな、カードを介して魔法を使う人間のことだ」

「魔法……ですか?」

「魔法すら分かんねぇのか?」

「いえ、分かります。分かりますが、使えると仰る方を、初めて見たもので……」

「まぁ、世界的にも多くはないな。才能がなきゃ使えない」

「才能、ですか」

「あぁ、千里を見渡せる力だ」

 サダコは、少しだけだが、身を乗り出して聞いていた。

「大仰な名だが、要するに人より目がいいってことだ」

「それがあると、魔法が使えるのですか?」

「素質がある、と言われる。目が良ければ良いほど」

「では、先日私に、その千里眼のことを聞いたのは?
 ワンダーを探していたということですか?」

「ワンダーは男だ。女は、同じ目を持っててもシッターになる」

「シッターとは?」

「同じくカードが使える人間なんだが、ワンダーの力がないと何もできない。
 ワンダーが仲介役になることで初めて、カードが使える。

 でも、シッターにしか使えないカードってのがあるんだ。
 俺のフォルダーのなかだと、【Lv.2 シャイニング・レイ】とか【Lv.1 カレンデュラ】とか……。
 シッターは一人じゃカードを使えない、って点でワンダーに劣るが、需要は高い」

「では、フィストラトスに登るために、シッターが必要ということですか?」

「そういうことさ。大抵の町じゃ、必要に応じてワンダーを助ける『雇われシッター』がいるんだがな」

「シッターに使ってもらいたいカードとは、いったいなんなのでしょう?」

「Lv.2の【ノックアップ】。単に浮くだけのカードだが、これでフィストラトスも楽勝だ」

「では、他にご自分で登る術は、ないのですか?」

「ん……あるんだが、使いたくねぇんだ。大事なカードだからな」

 フサギコは、理由を語ろうとしなかった。
 サダコも自分のことを語らない、だからいいだろう、とフサギコは漠然と考えていたのだ。
 もっとも、サダコも理由を求めてくることはない。

「……いっぱい喋ったら、また腹減ってきた……」

「あ、そういえばそうでしたね」

「サダコ、あんたシスターならなんか恵んでくれ……死ぬかもしれん……」

「残念ですが、なにもお渡しできません。申し訳ありません」

「なんだそれ、くそー……最低の町だな、ここは……」

「そうですね、今は」

 含みのある言い方を、フサギコは無論、聞き逃さなかった。
 しかし、追求するような体力さえ、今はないのだ。

「また、しばらくしてから来てください。
 本当は、笑い声が絶えないような、明るい町なんです」

「どーでもいい……明日には出てく……」

「明日ではなくて、今日、出立してください」

 フサギコは項垂れていたが、視線だけをサダコに向けた。
 そして、強い言葉を放った唇を見つめる。

「明日では、遅いのです」

「……なんだそりゃ。俺の勝手だろ」

「ダメです、ダメなんです」

「理由のねぇ強制に従う馬鹿がいると思うか?」

「それは……」

 サダコは口を噤む。
 どうあっても理由を言うつもりはないらしい、とフサギコは感じた。

 多くを語ろうとしない。
 だから、この女のことが何も分からないのだ。
 フサギコは、苛立ちを感じていたが、それを露わにすることはなかった。

「……なぁ」

「はい」

「あんた、なんで髪で顔を隠してんだ?」

 漆の塗られたような黒髪。
 顎先まで伸び、口元以外をすべて隠している。
 自分の顔さえ見えていないのではないか、とフサギコは思っていた。

「それも言えない、か?」

「いえ……これは、人の顔を、見ないようにするためです」

 サダコの占術屋は、どこから発されているのか分からない、微弱な光があるのみだ。
 例えサダコの髪が短かったところで、フサギコにはサダコの表情を窺い知ることなどできない。

「そのため、とは思わなかったな。なんでだ?」

「人は誰しもが、別れを経験しますから」

「顔を見ちまうと、別れが辛い、か?」

「はい」

「くだらねぇ理由だな」

 フサギコは、心の底からそう思った。

「そう思われても、致し方ないことです。
 しかし、私はこれをやめるわけにはいきません」

「死ぬまで、か?」

「はい」

「……近いのか?」

 何が、なのかは、付け加えなかった。
 それでも、フサギコの言葉は、サダコに伝わっていたのだ。

「……言えません、それは」

 サダコは、最後まで何も語ろうとはしなかった。
 しかし、フサギコのなかでは、ひとつの答えを得られていた。


 サダコの店から出たあと、フサギコは、町で最初に立ち寄った酒場に向かった。
 この町で、唯一情報らしい情報をフサギコにくれたのは、あの店だけだったからだ。

(……サダコは……)

 何が起きるのか、分からない。
 しかし、何かが起きる。

 それに、深く関係しているのだ。
 サダコ・リジェは。

 場合によっては、無関係なこととは言えないかもしれない。
 ワンダーとしての本懐を、遂げるべきときである可能性も、あるにはあるのだ。

「……ん?」

 閑散として、昨日より更に、人気のなくなった町。
 夏の熱気もどこかへ逃げてしまったかのように、寒々としている。

 そこに響き渡る、矯声。

「……もしかして、こいつか?」

 町の人間が、怯えるように身を隠している理由。
 サダコの悲愴感。

 それらの理由は、こいつだろうか。
 フサギコは、カードを手にしながら空を見上げていた。

 怪鳥、スタリック。
 『モンスター指定』を受けている、獰猛で、巨大な鷲だった。

(なるほど、こいつなら……)

 一般人をたやすく殺せる。
 そして、餌を得ればすぐに飛び去るだろう。

 サダコは、生け贄の可能性があった。

「……久々だな、モンスター相手は……」

 フサギコがフォルダーから抜き出したカード。
 【スリースターズ】。
 最高ランクである、Lv.3。

 高々と掲げて、フサギコはパッケージとカード名称を唱える。

「Eternal/Complex/Attack/Air 【Lv.3 スリースターズ】発動!」

 カードが三色の光を発する。
 スタリックが目を奪われている間に、天高くへと。
 そして、やがて光は三つの筋にまとまった。

 まず、赤の光がスタリックを覆う。
 そして、青の光がスタリックの体を、貫く。

 最後に、緑の光が、雷のように降り注いで、スタリックを消滅させた。

「……あっさり終わっちまった。スタリック程度に使うカードじゃなかったな」

 疲労感を隠さない表情で、フサギコはカードをフォルダーに収めた。
 彼が持する幾十ものカードのなかで、最強であるスリースターズLv.3。
 スタリックが何もできずに討たれるのも、当然のことだった。

 できれば、こういうことには関わりたくなかった。
 それが、フサギコの本音だった。
 しかし、スタリックを討った今は、それも気にする必要はない。

「酒場のおっさんに報告するか。もうモンスターはいねぇぞってな」

 やや上向いた機嫌のまま歩くフサギコの足取りは軽い。
 自覚はしていなくとも、町の静寂やサダコの悲愴な顔つきは、フサギコの熱を冷ましていたのだ。

 しかし、その熱は再び奪われることになる。


 その4へ




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 まさに獲物を狙う獣の目で、フサギコは町を徘徊しつづけた。
 そしてやがて、こじんまりとした何かの店を発見したのだ。

「なんでもいい、なんでもいいから飯を……」

 既に空腹は限界近くに達していた。
 だからこそ、フサギコには、『占術』という看板などまるで見えていなかったのだ。

「……ん? なんだここ」

 ドアを無造作に開けた先には、窓さえない空間。
 外光が微かに照らし出す、石造りの床、木製の椅子、壁。

 そして、幽暗に浮かぶ、人影。

「……ようこそ」

 透明な壁の向こうに座っている。
 髪の長い、女だった。

「初めまして」

「あぁ……初めまして、だな」

 長い前髪が目元を隠している。
 表情を窺えないことに、フサギコは不気味さを覚えていた。

「なんの店だ、ここは。飯屋じゃなさそうだが」

「占術を商いにしています」

「占いか」

 フサギコは言葉に嘲笑を込めた。

「曖昧な未来を告げるくらい、俺でもやれると思ってんだがな」

「そうですね、私にできることの多くは、誰にでもできます」

 挑発気味のフサギコにも、あくまで女は冷静だった。
 無表情なままで、言葉を返していた。

「ですが、私にしかできないことも、あります」

「アンタ、なんて名前だ?」

「サダコ・リジェです」

「で、サダコにしかできないことってのは、なんだ?
 もしかして、【千里を見渡す力】があるのか?」

 フサギコは、あえて噛み砕いて言った。
 シッターとしての力、といえば早いが、理解されない可能性を考慮して、だ。
 シッターという職業がこの地域にあるかどうかさえ、フサギコには分からなかった。

「いいえ」

 サダコはやはり、無表情を崩さずに否定する。

「残念ながら、そのような力はありません。
 もっとも、仮にあったとしても私には気づけません」

「どういう意味だ?」

「私は、生まれてから一度も、ここを出たことがないので」

 フサギコは、サダコと向き合うべく、木製の椅子に腰掛けた。
 かなり古いものであり、四本の足は即座に悲鳴を上げる。

 しかし、フサギコは椅子の足が折れそうかどうかなど、まったく気にしていなかった。
 正確には、気にしていられなかったのだ。

「出たことない、だと? 冗談だろ?」

 サダコが何歳かは、フサギコには分からない。
 顔がほとんど髪で隠されているため、推測も難しかったのだ。
 ただし、子供の背丈でないことだけは確かだった。

「いいえ、本当のことです」

「何でだ? 監禁されてんのか?」

「違います。私が、それを望んだのです」

 淡々とサダコは物を語る。
 しかし、核心には触れようとしない。
 フサギコが、そこに違和感を覚えないはずはなかった。

「なんか事情がありそうだな」

「詳しくは、お話できません」

「まぁ、無理に聞き出すつもりもねぇよ」

 そうは言ったが、フサギコの視線がサダコから逸れることはなかった。
 しかし、聞き出すことはせず、間を置いて言葉を紡ぐ。

「で、ここじゃ何を占ってくれるんだ?」

「あなたの未来を」

「じゃ、占ってくれよ。俺はフィストラトスに登ろうと思ってんだが、無事に越えられるかどうか」

 フサギコは、最初と同じように、小馬鹿にした物言いだった。
 しかし、サダコは最初と同じような無表情ではない。

「……ん?」

 サダコは、口を薄く開けて、呆けていた。

「なんだ、命知らずは死んじまえってか?」

「……いえ……そうではありません」

「じゃあ、なんだ」

 フサギコは口調は強まった。
 しかし、サダコからの返答はない。

「おい」

「……無事を、お祈りします」

「答えになってねぇよ」

「いつも、そうなのです」

 サダコは、やっと先ほどまでの無表情に戻った。

「私は占術などと言っていますが、無事を祈ることしかできないのです」

「なんだそりゃ、占えないってことか? 詐欺じゃねぇか」

「金銭はいただいておりませんから。ただ、無事を祈るだけです」

「なるほどな、それでシスターか」

「えぇ」

 バーの店主がシスターと呼称していた女は、サダコだったのだとフサギコは気づいた。
 清楚とはお世辞にも言えず、神などという存在がいるとしても、謁見時には門前払いを食らうだろう。
 フサギコは、サダコを再び見つめながらそう思った。

「旅のお方が南へ行く際、この町に立ち寄ることが多くあります」

「俺もそうだ。南じゃなくて西だけどな」

「皆さんのお話を聞いて、無事を祈る。
 ただそれだけの女です、私は」

 本当に、ただそれだけの女だったら。
 こんなところに何年も引きこもるはずはないだろう。

 フサギコはその思いを、口にはしなかった。

「ここから出たことないんだったら、町のこともさっぱりか?」

「はい」

「そうか、じゃあ飯だの宿だの聞いてもしゃーないな。邪魔した」

「またいつでもいらしてください」

 フサギコは、サダコに決して悪い印象を抱いたわけではない。
 が、再び会って話したいとも、思わなかった。

 その程度の感情を担いだまま、扉を開けて光のなかへと溶け込んでいった。


 そして、翌朝。

「おはようございます」

「…………」

 やつれた顔でフサギコは、黙ってサダコの前に座る。

「どうなさいました?」

「ふざけんな……なんだこの町は……飯食うとこも寝るとこもねぇじゃねーか……」

 昨日、サダコの店を出たときは、ようやく太陽の色が赤らみはじめた頃だった。
 それから、星が活動をはじめ、月が暢気に夜空をたゆたうときまで、フサギコは延々町を歩いた。
 そして遂に、空腹を満たす店も快眠を提供してくれる宿も見つけることはできなかったのだ。

 正確には、存在した。
 看板を見る限りでは、確かに飯屋や宿屋だとフサギコは思った店があったのだ。
 しかし、扉には頑丈すぎるほど頑丈な鍵がかけられていた。

「昨晩は、どこで過ごされたのですか?」

「町の外れの大木に世話になった。残念ながら果物の類は付けちゃいなかったが……」

「それは、災難でしたね」

 くすりと笑ったサダコ。
 その笑顔が、思いも寄らぬほど似合っていたことに気づいたフサギコ。

 生まれてから一度も切っていないのではないか、と思えるほど長い髪。
 その髪でサダコの顔は、大部分が隠されていた。
 しかし、口元だけを見れば、フサギコには分かったのだ。

「フサギコさん、職業をお聞きしてもよろしいですか?」

「職業? ワンダーだ」

「ワンダー……とは?」

 そうか、それさえ知らないのか。
 長らくここで過ごし、外界と接していないならば、致し方ないのだろうか。
 フサギコは、曖昧な思案を振り払った。

「ワンダーってのはな、カードを介して魔法を使う人間のことだ」

「魔法……ですか?」

「魔法すら分かんねぇのか?」

「いえ、分かります。分かりますが、使えると仰る方を、初めて見たもので……」

「まぁ、世界的にも多くはないな。才能がなきゃ使えない」

「才能、ですか」

「あぁ、千里を見渡せる力だ」

 サダコは、少しだけだが、身を乗り出して聞いていた。

「大仰な名だが、要するに人より目がいいってことだ」

「それがあると、魔法が使えるのですか?」

「素質がある、と言われる。目が良ければ良いほど」

「では、先日私に、その千里眼のことを聞いたのは?
 ワンダーを探していたということですか?」

「ワンダーは男だ。女は、同じ目を持っててもシッターになる」

「シッターとは?」

「同じくカードが使える人間なんだが、ワンダーの力がないと何もできない。
 ワンダーが仲介役になることで初めて、カードが使える。

 でも、シッターにしか使えないカードってのがあるんだ。
 俺のフォルダーのなかだと、【Lv.2 シャイニング・レイ】とか【Lv.1 カレンデュラ】とか……。
 シッターは一人じゃカードを使えない、って点でワンダーに劣るが、需要は高い」

「では、フィストラトスに登るために、シッターが必要ということですか?」

「そういうことさ。大抵の町じゃ、必要に応じてワンダーを助ける『雇われシッター』がいるんだがな」

「シッターに使ってもらいたいカードとは、いったいなんなのでしょう?」

「Lv.2の【ノックアップ】。単に浮くだけのカードだが、これでフィストラトスも楽勝だ」

「では、他にご自分で登る術は、ないのですか?」

「ん……あるんだが、使いたくねぇんだ。大事なカードだからな」

 フサギコは、理由を語ろうとしなかった。
 サダコも自分のことを語らない、だからいいだろう、とフサギコは漠然と考えていたのだ。
 もっとも、サダコも理由を求めてくることはない。

「……いっぱい喋ったら、また腹減ってきた……」

「あ、そういえばそうでしたね」

「サダコ、あんたシスターならなんか恵んでくれ……死ぬかもしれん……」

「残念ですが、なにもお渡しできません。申し訳ありません」

「なんだそれ、くそー……最低の町だな、ここは……」

「そうですね、今は」

 含みのある言い方を、フサギコは無論、聞き逃さなかった。
 しかし、追求するような体力さえ、今はないのだ。

「また、しばらくしてから来てください。
 本当は、笑い声が絶えないような、明るい町なんです」

「どーでもいい……明日には出てく……」

「明日ではなくて、今日、出立してください」

 フサギコは項垂れていたが、視線だけをサダコに向けた。
 そして、強い言葉を放った唇を見つめる。

「明日では、遅いのです」

「……なんだそりゃ。俺の勝手だろ」

「ダメです、ダメなんです」

「理由のねぇ強制に従う馬鹿がいると思うか?」

「それは……」

 サダコは口を噤む。
 どうあっても理由を言うつもりはないらしい、とフサギコは感じた。

 多くを語ろうとしない。
 だから、この女のことが何も分からないのだ。
 フサギコは、苛立ちを感じていたが、それを露わにすることはなかった。

「……なぁ」

「はい」

「あんた、なんで髪で顔を隠してんだ?」

 漆の塗られたような黒髪。
 顎先まで伸び、口元以外をすべて隠している。
 自分の顔さえ見えていないのではないか、とフサギコは思っていた。

「それも言えない、か?」

「いえ……これは、人の顔を、見ないようにするためです」

 サダコの占術屋は、どこから発されているのか分からない、微弱な光があるのみだ。
 例えサダコの髪が短かったところで、フサギコにはサダコの表情を窺い知ることなどできない。

「そのため、とは思わなかったな。なんでだ?」

「人は誰しもが、別れを経験しますから」

「顔を見ちまうと、別れが辛い、か?」

「はい」

「くだらねぇ理由だな」

 フサギコは、心の底からそう思った。

「そう思われても、致し方ないことです。
 しかし、私はこれをやめるわけにはいきません」

「死ぬまで、か?」

「はい」

「……近いのか?」

 何が、なのかは、付け加えなかった。
 それでも、フサギコの言葉は、サダコに伝わっていたのだ。

「……言えません、それは」

 サダコは、最後まで何も語ろうとはしなかった。
 しかし、フサギコのなかでは、ひとつの答えを得られていた。


 サダコの店から出たあと、フサギコは、町で最初に立ち寄った酒場に向かった。
 この町で、唯一情報らしい情報をフサギコにくれたのは、あの店だけだったからだ。

(……サダコは……)

 何が起きるのか、分からない。
 しかし、何かが起きる。

 それに、深く関係しているのだ。
 サダコ・リジェは。

 場合によっては、無関係なこととは言えないかもしれない。
 ワンダーとしての本懐を、遂げるべきときである可能性も、あるにはあるのだ。

「……ん?」

 閑散として、昨日より更に、人気のなくなった町。
 夏の熱気もどこかへ逃げてしまったかのように、寒々としている。

 そこに響き渡る、矯声。

「……もしかして、こいつか?」

 町の人間が、怯えるように身を隠している理由。
 サダコの悲愴感。

 それらの理由は、こいつだろうか。
 フサギコは、カードを手にしながら空を見上げていた。

 怪鳥、スタリック。
 『モンスター指定』を受けている、獰猛で、巨大な鷲だった。

(なるほど、こいつなら……)

 一般人をたやすく殺せる。
 そして、餌を得ればすぐに飛び去るだろう。

 サダコは、生け贄の可能性があった。

「……久々だな、モンスター相手は……」

 フサギコがフォルダーから抜き出したカード。
 【スリースターズ】。
 最高ランクである、Lv.3。

 高々と掲げて、フサギコはパッケージとカード名称を唱える。

「Eternal/Complex/Attack/Air 【Lv.3 スリースターズ】発動!」

 カードが三色の光を発する。
 スタリックが目を奪われている間に、天高くへと。
 そして、やがて光は三つの筋にまとまった。

 まず、赤の光がスタリックを覆う。
 そして、青の光がスタリックの体を、貫く。

 最後に、緑の光が、雷のように降り注いで、スタリックを消滅させた。

「……あっさり終わっちまった。スタリック程度に使うカードじゃなかったな」

 疲労感を隠さない表情で、フサギコはカードをフォルダーに収めた。
 彼が持する幾十ものカードのなかで、最強であるスリースターズLv.3。
 スタリックが何もできずに討たれるのも、当然のことだった。

 できれば、こういうことには関わりたくなかった。
 それが、フサギコの本音だった。
 しかし、スタリックを討った今は、それも気にする必要はない。

「酒場のおっさんに報告するか。もうモンスターはいねぇぞってな」

 やや上向いた機嫌のまま歩くフサギコの足取りは軽い。
 自覚はしていなくとも、町の静寂やサダコの悲愴な顔つきは、フサギコの熱を冷ましていたのだ。

 しかし、その熱は再び奪われることになる。


 その4へ



【2008/12/23 20:48】 | 貞子祭り
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名無しさん
大魔法キター


名無しさん
なんという伏線の嵐
これは間違いなく長編


名無しさん
M0か。そういえば好きみたいな事言ってたね。


名無しさん
面白くなってきた(*・ω・)wktk


名無しさん
程よい緊張感だ

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コメント
この記事へのコメント
大魔法キター
2008/12/23(Tue) 22:56 | URL  | 名無しさん #-[ 編集]
なんという伏線の嵐
これは間違いなく長編
2008/12/23(Tue) 23:08 | URL  | 名無しさん #-[ 編集]
M0か。そういえば好きみたいな事言ってたね。
2008/12/24(Wed) 03:06 | URL  | 名無しさん #-[ 編集]
面白くなってきた(*・ω・)wktk
2008/12/24(Wed) 03:54 | URL  | 名無しさん #-[ 編集]
程よい緊張感だ
2008/12/24(Wed) 15:45 | URL  | 名無しさん #-[ 編集]
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