◆azwd/t2EpEによる雑記です。 自由気ままに書いてみます。
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「おっさーん」

 この町で唯一、活動らしい活動をしているのが、酒場だった。
 他は店じまいしてから幾年も経っているかのような寂れ具合だ。
 自然とフサギコの気分は盛り上がる。

「ん……あぁ、フサギコさんですかい」

「おう、フサギコさんだぜ」

 店主は、フサギコの思った通りふさぎ込んでいた。

「おっさん、ちょっと遠いかも知れねぇけどよ」

「はい?」

「中央政府にでも行きゃあ、それなりに有能なワンダーがいるんだぜ。
 あいつら、モンスター討伐なんて垂涎ものの依頼は年中待ち望んでんだ。
 一般人からカネをふんだくれるっつー邪まな理由ではあるけどよ」

「……フサギコさん、あんた……!」

「今度からはそいつらに頼めよ。
 今回は、俺が特別に倒してやったから」

「ま、まさか、本当に!?」

「おう、跡形もなく消滅しちまったから証拠はねぇけど、いずれ分かることだろ。
 この町を襲ってたスタリックは、俺が見事に」

 フサギコの言葉の途中で、店主の表情から喜色が失われた。
 立ち上がってフサギコに感謝の言葉を述べる直前、店主は再びカウンターに額を打ちつけた。

「……スタリック……」

「……あれ? 違うのか?」

「そいつは……時折、ここにやってきますが……。
 ちょっと食い物を取っていくくらいの、可愛いもんです……」

「スタリックじゃない……? おい、何がいるってんだ?
 だいたい、スタリックだってBカテゴリーのモンスターだぞ、弱くはねぇ。
 それ以上のやつがいるなんて……」

「デスイーター・ユーレム」

 店主から発された言葉に、フサギコは、声を失った。

「カテゴリーで言えば、Sでしょう」

 デスイーター。
 そのなかでも、特に凶悪な性質で知られるユーレム。

 普段は地中に潜んでいるが、夜になると姿を現す。
 そして、手当たり次第、獲物を食い尽くす。

 フサギコも、滅多に名前を聞かないモンスターだった。
 夜になると、と言われるが、実際にその姿を見たものは少ない。
 一度栄養を蓄えると、活動をやめて地中に潜みつづけるためだ。

 出現頻度は、年に一度と言われていた。

「ちょうど、一年です。毎年、この日にやってくるんです。
 今年で、二十年目です。必ず、またやってきます」

「……そうか、最初に俺をワンダーと知って、微妙な顔したのは……」

「頼めねぇんですよ、ワンダーには。
 誰も相手にしたがらねぇんです。
 デスイーター・ユーレムは」

「だろうな……大抵のワンダーじゃあ、歯が立たない相手だ。
 ズルイやつなら、前金だけ貰って逃げたりもするだろうな」

「えぇ……そんなことはもう、何回も経験しました」

 ワンダーという職業は、決して清廉なものではない。
 魔法が使えるという特権を用いて、一般人を騙す者など、フサギコは自分が千手観音だったとしても、指では数えきれないほど居る。
 フサギコも多くを知っているわけではないが、まともなワンダーのほうがむしろ少ない、という考えは持っていた。

「しかし……SSカテゴリーのモンスターならまだしも、Sカテゴリーじゃあ、政府が動くほどの大敵でもない」

「世の中には、何十人もの命を一瞬で奪うようなモンスターもいる。
 それくらい、知ってます。何かに襲われてるのは、この町だけじゃねぇんです。
 だから……何もできない」

「じゃあ……サダコは……」

 店主は、顔を伏せたまま、涙を流しはじめた。

「デスイーター・ユーレムは、必ず一人の人間を食らいます。
 あとは食料程度で地中に帰るんです。
 だから……毎年、誰かを」

「とんでもねぇ馬鹿だな、アンタらは」

 店主は、思わず顔を上げた。
 青筋を立てたフサギコが、睨んでいた。

「毎年、生け贄を立ててたってことか?
 そんなもん、デスイーター・ユーレムを餌付けしてるようなもんじゃねぇか。
 毎年ここに来るのはそのせいだ!」

「だいたい、なんでアンタみたいなオッサンじゃなくて、若いサダコを生け贄に捧げるんだ!?
 サダコは言ってたぜ! 生まれてから一度もあそこを出たことがねぇって!
 生け贄にするために育ててたってことだろ!?」

「……否定はできやせん……あの子は、そのために生きてきたんです」

「ふざけんな!!
 自分かわいさに、生きる希望を持たないようにサダコを育てた!
 アンタらのほうがよっぽどモンスターだ!」

「分かってんだ! こんなの、許されるわけねぇってことくらい!!
 でも、じゃあどうすれば良かったんだ!?
 進んで生け贄になる勇気なんて、誰もありゃしねぇんだ!」

「俺がやってやる」

 フサギコは、カウンターに鞄を置いた。
 店主は口を半開きにさせて、呆然とフサギコを見つめている。

「俺がデスイーター・ユーレムを討つ。
 それでいいはずだ」

「世迷い言を……一人で勝てるわけねぇんですよ、あんな化け物に……」

「デスイーター・ユーレムの何よりの特徴は、長い腕を使った遠距離攻撃……。
 そして弱点は……長い間……地中……弱さ……」

 フサギコは、喋りながら考えていた。
 いかにして、デスイーター・ユーレムを討つか。

「遠距離攻撃があると、迂闊には近づけない……となると、遠距離でも命中率が高いカード……」

 フォルダーのなかからカードを取り出して捲る。
 Attack内のカードは全て確認した。

 そして、選びだした結論。

「……【マグマ・ドール】。こいつか」

 フサギコはすぐに立ち上がった。
 日が落ちるまで、幾許の猶予もない。

「おっさん、サダコはどっかに逃がすぞ」

「それは……!」

「許可を求めてるわけじゃねぇよ。ただの報告だ、答えなんか要らねぇ」

 店主は口を噤む。
 そして、祈るような表情で、フサギコの背中を見送った。


 酒場を出たフサギコは、すぐにサダコの店に向かったわけではなかった。

 先ほどスリースターズを使ったこと影響もあるが、とにかく体力が満足な状態ではない。
 特に、空腹は耐えがたいレベルだったのだ。

(くそっ……マジで時間ねぇのに……)

 こんなことなら、スリースターズを使うべきではなかった。
 フサギコがそう後悔しても、今更遅すぎる話ではあった。

 フサギコが持するカードのなかで最強であるため、魔力の消耗も激しい。
 仮に魔力の最大値を10とすれば、今のフサギコには5か6程度しか残されていなかった。

 体力と魔力は別物だが、完全に切り分けられるものではない。
 魔力の回復には、体力の回復が必須なのだ。

 しかし。

「……くそ、日が落ちる……」

 フサギコは体力の回復を諦めて、サダコの店に向かった。


「サダコ!」

 店の扉を開けるのと、どちらが早かったか。
 フサギコは叫んだ。

 サダコは、以前と変わらぬ様子でそこに座っていた。
 しかし、フサギコの声に、あるいは姿に、驚きも見せていた。

「フサギコさん、今日のうちに逃げてくださいと」

「デスイーター・ユーレムだろ? 分かってる!
 もう全部聞いたんだ! だから、逃げるのはお前のほうだ!」

「何を……! 私が逃げたら、みんなが犠牲になります!」

「ならねぇんだよ! 俺が倒す! それでいいはずだ!」

「分かってません、あなたは……何も、何も……」

 肩を震わせながら、頭を横に振るサダコ。
 フサギコは焦っていたが、サダコとの間には透明な壁がある。
 それは、サダコのほうからしか開かない仕組みになっていた。

「あなたがデスイーター・ユーレムを倒せる保障なんて、どこにもありません……。
 ……それに、もうひとつ、きっとあなたは大きな勘違いをしています」

「なんだってんだよ」

「私は、皆のための犠牲になることこそ本望なのです」

 決然とした、しかし悄然とした表情。
 サダコの目はやはり、髪に隠れている。

「私は十七年もここにいました。
 今更、外に出て生きてゆこうとは思いません。
 自分の未来に希望もありません。

 それが私の人生です。
 ここで、死なせてください。
 それが私にとっても、町にとっても、最善です。

 フサギコさん、あなたには申し訳ありませんが……
 あなたのやっていることは、自分勝手なエゴ以外の何物でもないのです。
 迷惑ですから、早くどこかへ消えてください」

 一気に喋りきったサダコは、少しだけ呼吸の間隔を短くしていた。
 そしてまた、俯く。

 フサギコは、すべての言葉を受け止めていた。
 同じように、首を曲げて足下を見る。

 だが、その表情に満ちている感情は、憤懣だった。

「サダコ」

「……はい」

「あんた、生まれてから、嘘をついたことはあるか?」

 サダコは、顔を上げた。
 しかしフサギコは、長い髪を垂らさせたままだ。

「……ありません、一度たりとも」

「だろうな、そうだと思った」

 フサギコの、納得した旨の言葉。
 それに、サダコは納得できなかった。

「どういう意味ですか?」

「……声がな、震えてんだよ」

 サダコは、はっとして口を隠した。
 その行動に何の意味もないと、分かっていながら。

「嘘ついたことなかったんだな、ってすぐ分かるぜ。
 前に話したときも、はぐらかしはしてたけど、嘘はなかったしな」

「……私は……」

「信じられねぇんだよ。生きる目的が、死ぬことなんて。
 そんなことを許容できるなんて。

 人間、生きる理由はそれぞれだ。
 でも、自ら望んで死ぬことに喜びを見出す人間なんて、俺は見たことねぇ。
 仮にいたとしても、あんたは違う。

 未来に希望を持たない人間が、他人の未来を占ったりするか?
 未来を語り合ったりするのか?」

「……それは……」

「何よりも……何よりも、だ。
 俺が、ワンダーについて話したとき、すげぇ興味深そうにしてたじゃねぇか。
 あれは、外の世界が知りたいと思ったからじゃねぇのか!?」

 サダコはじっと俯いている。
 その双肩を、小刻みに震えさせながら。

「デスイーター・ユーレムは絶対に俺が討つ。
 あんたが犠牲になる必要なんて、どこにもない。
 それでもまだ、死にたいのか? 本当にそう思うのか!?」

 透明な壁に手をかけて、フサギコはサダコに迫った。
 そしてサダコも、縋るように、フサギコの手に自分の手を合わせる。

「……思いません……」

 涙混じりの声は、透明な壁に遮られることなく、フサギコの耳に届いていた。

「私だって、生きられるなら生きたい……!
 もっと、もっと、生きて……外に出て、世界を見てみたい!」

「それだけ聞けりゃ、十分だ」

 フサギコは、朗らかに微笑んだ。

「全部終わったら、いいとこ連れてってやるよ。
 死ぬなんて考えてた自分が、バカバカしくなるくらい、すげぇとこに。
 だから生きろ。絶対に、だ」

「……はい……!」

 透明な扉が、開かれる。
 結合部は錆びていて、扉を重くしていた。
 フサギコが手伝うことによって、ようやく、サダコは檻から解放される。

「ん!?」

 サダコの肩を抱いて、立ち慣れていない体を支えるフサギコ。
 その鼻が、急にひくつきだした。

「食いもん! なんかあんのか!?」

「あ、デスイーター・ユーレムを誘き寄せるために……」

 そうか、ここにため込んでいたのか。
 だから町中の飲食店が閉まっていたのか。
 フサギコは、今更そんなことに気づいた。

「貰うぞ! 腹減って魔力がやべぇ!」

 以前、サダコと向かい合っていたフサギコの位置からは、死角。
 部屋の片隅に積み上げられた箱には、肉から野菜、果物まで実に様々な食材が詰め込まれていた。

「最初からここ来りゃ良かったのか、くそっ……」

 とにかく何かを手に掴み、すぐさまかじるフサギコ。
 溢れ出す果汁。柑橘系の果物。

 そう、認識した瞬間。

「ッ……!」

 来た。
 何が、なのかは、フサギコにとって、考えるまでもないことだった。

 サダコの全身は、震えている。
 それは、恐怖。そして町全体を揺るがすような、地響き。

(逃がす時間は、ねぇな……)

 ここには食料が溜め込まれている。
 できれば、サダコを遠ざけたいとフサギコは思っていた。
 しかし、それももはや厳しい。

「サダコ、外に出るなよ」

「は、はい」

 すぐさまサダコの占術屋を飛び出すフサギコ。
 瞬間、またも地は揺れ動いた。

 かなり、近い。
 そう感じたフサギコは、すぐさまフォルダーからカードを取り出す。

(条件さえ整えば、一撃で終わらせられるはずだ……)

 手にしたカードは三枚。
 そのうちの一枚は、【マグマ・ドール】だが、他の二枚は――――

「うおっ!」

 三度目の揺らぎは、辛うじて立っていられた、というほどの規模。
 カードを手から零さないために、そして、出現箇所を見極めるために、フサギコは集中力を高める。

 四度目。
 今度は、地震といってもよかった。
 フサギコは、若干の恐怖とともに、そう感じた。

 Sカテゴリーに属するモンスター。
 酒場の店主やサダコに言うことはなかったが、フサギコにとって、今まで相対したことがない相手だ。
 勝てる保証など、本当はどこにもない。

 だが、それでも。
 フサギコは、二本の足で、そこに立っているのだ。

「……来たな」

 近傍の広場の土が、盛り上がる。
 地面に亀裂が走る。

 その直後には、飛び出してきていた。
 数メートルの体長と、その体よりも長い腕。
 赤い瞳と緑の鱗、臥するような体勢でフサギコを睨みつけている。

 デスイーター・ユーレム。
 蜥蜴類に属するが、フサギコには、竜といったほうが適切だろうと思えた。

 双眸を光らせ、ゆっくりとフサギコに近づいてくる。
 一瞬、フサギコは足が竦んだ。
 大見得きって対峙したはいいが、Sカテゴリーのモンスターは、異次元の強さを持しているのだ。

 だが、しかし。
 モンスター被害を受けている一般人を助けるのは、ワンダー本来の役目だ。
 黙って見過ごすことなど、できるはずがなかった。

 結局は、自分も親父の子であり、兄貴の弟なのだ。
 フサギコは、自虐的にそう思った。

「……Once/Complex/Shock/Scope」

 まずは、第一手。
 とにかく、敵の動きを封じにかかる。

「【Lv.1 シンバル】発動!」

 フサギコを中心として、およそ半径50メートル。
 突如、シンバルの音が鳴り響いた。

 大音声に驚いたデスイーター・ユーレムは、明らかな混乱を見せた。
 フサギコには、はっきりと勝機が見えた。

 畳み掛けてやる。
 フサギコは、心のなかでそう叫んだ。

「パッケージ! Once/Simple/Down/Scope!
 【Lv.2 ノックアウト】!」

 重低音を口から漏らし、喚きまわるデスイーター・ユーレム。
 その上空から降りてくるのは空気圧。

 元より地面を這って移動するデスイーター・ユーレムだが、押し潰されることによって身動きが取れない。
 フサギコの狙いは、確実に上手くいっていた。

 そのはずだった。

「ッ!!」

 大音声による混乱と、圧迫感。
 その二つは、確かに動きを封じ込めたが、しかし。

 デスイーター・ユーレムは錯乱状態のまま、暴れまわった。
 そして、Lv.2のノックアウトから脱したのだ。

「くそっ!!」

 目が、完全に獲物を狙うときのそれへと変貌していた。
 そして、フサギコが予想だにしなかったことが、ひとつあった。

 長大な腕を、振り回すのではなく、高速の移動に使用してきたことだ。
 大きく伸ばして、地面を掴み、素早く体を引き寄せる。
 一瞬にして、フサギコとの距離を詰めた。

「Eternal/Owner/Deffe……!」

 ダメだ、パッケージ指定が間に合わない。
 フサギコは、瞬時に頭を切り替えて、素早く跳躍した。

 足を払うような、デスイーター・ユーレムの一振り。
 長く伸びた腕を振り回すだけの、ただそれだけの攻撃。

 しかし、フサギコの背後にあったブリキの看板は、たやすく切り裂かれた。
 ただ殴っただけなら、看板は根元から引き抜かれ、潰れて宙を舞ったはずだ。
 だが、看板はあくまでその場に佇んでいる。頭の半分を、失った状態で。

 まともに喰らえば、間違いなくやられる。
 フサギコの全身が汗ばんでいるのは、蒸し暑さのせいではなかった。

(シンバルもノックアウトも、もうない……! どうする……!?)

 何を選んでも、博打になる。
 フサギコは、分かっていたが、踏み出せずにいた。
 失敗した道の先に待っているのは、紛うことなき死だからだ。

 化物と戦うことなど、当たり前の職業。
 しかしフサギコは、今までそれをほとんど経験してこなかった。
 それは、単純に、『死にたくない』という最も人間らしい理由で。

 いや、厳密には、死ぬわけにはいかない、と言ったほうが正しい。

(……でももう、やっちまうしかねぇ、か……!)

 フサギコは、その手に握り締める。
 【マグマ・ドール】を。

 かき消されれば、もはや打つ手はない。
 しかし、フサギコに残された手も、他にはないのだ。

 カードを右手にしたフサギコは、高らかに叫んだ。

「Once/Simple/Control/Hot! 【Lv.1 マグマ・ドール】!」

 派手な効果はない。
 カードの赤い光はただ、一直線にデスイーター・ユーレムへと翔けてゆく。

 直撃。
 そして、苦しみだすデスイーター・ユーレム。

 全身を熱させることで、体の自由を奪う。
 もがき苦しんで上げる咆哮には、フサギコも一瞬、耳を塞ぎそうになった。

 しかし、それでも。
 それでもデスイーター・ユーレムは、フサギコへと接近してきた。

 そして、マグマ・ドールの効力は切れる。

 苦しみから解放された瞬間、デスイーター・ユーレムは、激情を爆発させてフサギコに襲いかかった。
 大きく後ろへと引いた腕。反動をつけての攻撃。

 フサギコは、にやりと笑った。

「隙だらけだぞ、デスイーター・ユーレム」

 その、左手に握り締められたカード。
 それは、もうひとつの、パッケージ違いの【マグマ・ドール】。

 懐に完全な隙を作ったデスイーター・ユーレムを、見据えながら。
 パッケージとカード名称を、声高に宣言する。

Eternal/Simple/Attack/Fire! 【Lv.3 マグマ・ドール】!!

 フサギコの左腕から、立ち上る炎。
 それはやがて収束し、人の形を成していく。

 左腕から、離れる。
 マグマ・ドールはデスイーター・ユーレムへと接近する。

 しかし、デスイーター・ユーレムは、カテゴリーSのモンスター。
 黙ってマグマ・ドールの接近を許したわけではなかった。

 大きく反動をつけた右腕が、マグマ・ドールを狙う。
 術者であるフサギコを狙ったところで、この攻撃は回避できないと判断していたのだ。

 だが、マグマ・ドールは躍った。
 デスイーター・ユーレムの攻撃を、跳躍で軽やかに躱したのだ。

 リーチの長い攻撃は、連発できない。
 デスイーター・ユーレムの体に、マグマ・ドールの腕が、触れた。

 そして、そこに火達磨が生まれた。

 再びもがき苦しむデスイーター・ユーレム。
 今度は、そう簡単に効力が切れることもない。

 燃え盛り、まるでデスイーター・ユーレムが炎の人形のようになっていた。
 フサギコは、既に魔力を使い果たしたことで、両の膝を折っている。

 だがもう、身を守る必要はない、と確信していた。
 長い間、地上よりも温度の低い地中に潜んでいたということは、それだけ熱に慣れていない、ということだ。
 Sカテゴリーのモンスターとはいえ、弱点を突かれては一溜まりもない。

 やがて、その身を黒く染めたデスイーター・ユーレムの死骸が、広場に転がった。

「……終わった……」

 フサギコにとって、苦しい戦いではあった。
 過去にSカテゴリーのモンスターを倒したことは一度もなく、Aカテゴリー相手さえ経験は少ない。
 死こそ免れたものの、討ち果たすに至らなかったAカテゴリーモンスターもいる。

 今回も、博打味は存分にある戦いだった。
 それでもデスイーター・ユーレムを倒せたことで、フサギコのなかには言い知れない満足感があった。

「サダコ、終わったぞ」

 広場から少し離れた場所に、サダコの店はある。
 そちらへ向かって、フサギコは大声で呼びかけた。

 恐る恐る、店から顔を出すサダコ。
 今まで外に出たことがない、と言っていたからだろうか。
 それとも、デスイーター・ユーレムに対する恐怖からだろうか。

 どっちでもいいか、と、フサギコは軽く笑った。


 その笑みが消えるのは、サダコの表情を確認した直後。


「……違う……」

 声と、全身を震わせている。
 夜といえど外は蒸し暑い。寒気によるものではない。
 サダコは、はっきりと、恐怖を覚えていたのだ。

「……違う? なにがだ、サダコ」

「違う……! これじゃありません!
 私が写真で見たデスイーター・ユーレムは、もっと、もっと大きくて……!!」

「なっ……!!」

 ――――そして、やってくる。
 そのときが、やってくる。


 その5へ




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「おっさーん」

 この町で唯一、活動らしい活動をしているのが、酒場だった。
 他は店じまいしてから幾年も経っているかのような寂れ具合だ。
 自然とフサギコの気分は盛り上がる。

「ん……あぁ、フサギコさんですかい」

「おう、フサギコさんだぜ」

 店主は、フサギコの思った通りふさぎ込んでいた。

「おっさん、ちょっと遠いかも知れねぇけどよ」

「はい?」

「中央政府にでも行きゃあ、それなりに有能なワンダーがいるんだぜ。
 あいつら、モンスター討伐なんて垂涎ものの依頼は年中待ち望んでんだ。
 一般人からカネをふんだくれるっつー邪まな理由ではあるけどよ」

「……フサギコさん、あんた……!」

「今度からはそいつらに頼めよ。
 今回は、俺が特別に倒してやったから」

「ま、まさか、本当に!?」

「おう、跡形もなく消滅しちまったから証拠はねぇけど、いずれ分かることだろ。
 この町を襲ってたスタリックは、俺が見事に」

 フサギコの言葉の途中で、店主の表情から喜色が失われた。
 立ち上がってフサギコに感謝の言葉を述べる直前、店主は再びカウンターに額を打ちつけた。

「……スタリック……」

「……あれ? 違うのか?」

「そいつは……時折、ここにやってきますが……。
 ちょっと食い物を取っていくくらいの、可愛いもんです……」

「スタリックじゃない……? おい、何がいるってんだ?
 だいたい、スタリックだってBカテゴリーのモンスターだぞ、弱くはねぇ。
 それ以上のやつがいるなんて……」

「デスイーター・ユーレム」

 店主から発された言葉に、フサギコは、声を失った。

「カテゴリーで言えば、Sでしょう」

 デスイーター。
 そのなかでも、特に凶悪な性質で知られるユーレム。

 普段は地中に潜んでいるが、夜になると姿を現す。
 そして、手当たり次第、獲物を食い尽くす。

 フサギコも、滅多に名前を聞かないモンスターだった。
 夜になると、と言われるが、実際にその姿を見たものは少ない。
 一度栄養を蓄えると、活動をやめて地中に潜みつづけるためだ。

 出現頻度は、年に一度と言われていた。

「ちょうど、一年です。毎年、この日にやってくるんです。
 今年で、二十年目です。必ず、またやってきます」

「……そうか、最初に俺をワンダーと知って、微妙な顔したのは……」

「頼めねぇんですよ、ワンダーには。
 誰も相手にしたがらねぇんです。
 デスイーター・ユーレムは」

「だろうな……大抵のワンダーじゃあ、歯が立たない相手だ。
 ズルイやつなら、前金だけ貰って逃げたりもするだろうな」

「えぇ……そんなことはもう、何回も経験しました」

 ワンダーという職業は、決して清廉なものではない。
 魔法が使えるという特権を用いて、一般人を騙す者など、フサギコは自分が千手観音だったとしても、指では数えきれないほど居る。
 フサギコも多くを知っているわけではないが、まともなワンダーのほうがむしろ少ない、という考えは持っていた。

「しかし……SSカテゴリーのモンスターならまだしも、Sカテゴリーじゃあ、政府が動くほどの大敵でもない」

「世の中には、何十人もの命を一瞬で奪うようなモンスターもいる。
 それくらい、知ってます。何かに襲われてるのは、この町だけじゃねぇんです。
 だから……何もできない」

「じゃあ……サダコは……」

 店主は、顔を伏せたまま、涙を流しはじめた。

「デスイーター・ユーレムは、必ず一人の人間を食らいます。
 あとは食料程度で地中に帰るんです。
 だから……毎年、誰かを」

「とんでもねぇ馬鹿だな、アンタらは」

 店主は、思わず顔を上げた。
 青筋を立てたフサギコが、睨んでいた。

「毎年、生け贄を立ててたってことか?
 そんなもん、デスイーター・ユーレムを餌付けしてるようなもんじゃねぇか。
 毎年ここに来るのはそのせいだ!」

「だいたい、なんでアンタみたいなオッサンじゃなくて、若いサダコを生け贄に捧げるんだ!?
 サダコは言ってたぜ! 生まれてから一度もあそこを出たことがねぇって!
 生け贄にするために育ててたってことだろ!?」

「……否定はできやせん……あの子は、そのために生きてきたんです」

「ふざけんな!!
 自分かわいさに、生きる希望を持たないようにサダコを育てた!
 アンタらのほうがよっぽどモンスターだ!」

「分かってんだ! こんなの、許されるわけねぇってことくらい!!
 でも、じゃあどうすれば良かったんだ!?
 進んで生け贄になる勇気なんて、誰もありゃしねぇんだ!」

「俺がやってやる」

 フサギコは、カウンターに鞄を置いた。
 店主は口を半開きにさせて、呆然とフサギコを見つめている。

「俺がデスイーター・ユーレムを討つ。
 それでいいはずだ」

「世迷い言を……一人で勝てるわけねぇんですよ、あんな化け物に……」

「デスイーター・ユーレムの何よりの特徴は、長い腕を使った遠距離攻撃……。
 そして弱点は……長い間……地中……弱さ……」

 フサギコは、喋りながら考えていた。
 いかにして、デスイーター・ユーレムを討つか。

「遠距離攻撃があると、迂闊には近づけない……となると、遠距離でも命中率が高いカード……」

 フォルダーのなかからカードを取り出して捲る。
 Attack内のカードは全て確認した。

 そして、選びだした結論。

「……【マグマ・ドール】。こいつか」

 フサギコはすぐに立ち上がった。
 日が落ちるまで、幾許の猶予もない。

「おっさん、サダコはどっかに逃がすぞ」

「それは……!」

「許可を求めてるわけじゃねぇよ。ただの報告だ、答えなんか要らねぇ」

 店主は口を噤む。
 そして、祈るような表情で、フサギコの背中を見送った。


 酒場を出たフサギコは、すぐにサダコの店に向かったわけではなかった。

 先ほどスリースターズを使ったこと影響もあるが、とにかく体力が満足な状態ではない。
 特に、空腹は耐えがたいレベルだったのだ。

(くそっ……マジで時間ねぇのに……)

 こんなことなら、スリースターズを使うべきではなかった。
 フサギコがそう後悔しても、今更遅すぎる話ではあった。

 フサギコが持するカードのなかで最強であるため、魔力の消耗も激しい。
 仮に魔力の最大値を10とすれば、今のフサギコには5か6程度しか残されていなかった。

 体力と魔力は別物だが、完全に切り分けられるものではない。
 魔力の回復には、体力の回復が必須なのだ。

 しかし。

「……くそ、日が落ちる……」

 フサギコは体力の回復を諦めて、サダコの店に向かった。


「サダコ!」

 店の扉を開けるのと、どちらが早かったか。
 フサギコは叫んだ。

 サダコは、以前と変わらぬ様子でそこに座っていた。
 しかし、フサギコの声に、あるいは姿に、驚きも見せていた。

「フサギコさん、今日のうちに逃げてくださいと」

「デスイーター・ユーレムだろ? 分かってる!
 もう全部聞いたんだ! だから、逃げるのはお前のほうだ!」

「何を……! 私が逃げたら、みんなが犠牲になります!」

「ならねぇんだよ! 俺が倒す! それでいいはずだ!」

「分かってません、あなたは……何も、何も……」

 肩を震わせながら、頭を横に振るサダコ。
 フサギコは焦っていたが、サダコとの間には透明な壁がある。
 それは、サダコのほうからしか開かない仕組みになっていた。

「あなたがデスイーター・ユーレムを倒せる保障なんて、どこにもありません……。
 ……それに、もうひとつ、きっとあなたは大きな勘違いをしています」

「なんだってんだよ」

「私は、皆のための犠牲になることこそ本望なのです」

 決然とした、しかし悄然とした表情。
 サダコの目はやはり、髪に隠れている。

「私は十七年もここにいました。
 今更、外に出て生きてゆこうとは思いません。
 自分の未来に希望もありません。

 それが私の人生です。
 ここで、死なせてください。
 それが私にとっても、町にとっても、最善です。

 フサギコさん、あなたには申し訳ありませんが……
 あなたのやっていることは、自分勝手なエゴ以外の何物でもないのです。
 迷惑ですから、早くどこかへ消えてください」

 一気に喋りきったサダコは、少しだけ呼吸の間隔を短くしていた。
 そしてまた、俯く。

 フサギコは、すべての言葉を受け止めていた。
 同じように、首を曲げて足下を見る。

 だが、その表情に満ちている感情は、憤懣だった。

「サダコ」

「……はい」

「あんた、生まれてから、嘘をついたことはあるか?」

 サダコは、顔を上げた。
 しかしフサギコは、長い髪を垂らさせたままだ。

「……ありません、一度たりとも」

「だろうな、そうだと思った」

 フサギコの、納得した旨の言葉。
 それに、サダコは納得できなかった。

「どういう意味ですか?」

「……声がな、震えてんだよ」

 サダコは、はっとして口を隠した。
 その行動に何の意味もないと、分かっていながら。

「嘘ついたことなかったんだな、ってすぐ分かるぜ。
 前に話したときも、はぐらかしはしてたけど、嘘はなかったしな」

「……私は……」

「信じられねぇんだよ。生きる目的が、死ぬことなんて。
 そんなことを許容できるなんて。

 人間、生きる理由はそれぞれだ。
 でも、自ら望んで死ぬことに喜びを見出す人間なんて、俺は見たことねぇ。
 仮にいたとしても、あんたは違う。

 未来に希望を持たない人間が、他人の未来を占ったりするか?
 未来を語り合ったりするのか?」

「……それは……」

「何よりも……何よりも、だ。
 俺が、ワンダーについて話したとき、すげぇ興味深そうにしてたじゃねぇか。
 あれは、外の世界が知りたいと思ったからじゃねぇのか!?」

 サダコはじっと俯いている。
 その双肩を、小刻みに震えさせながら。

「デスイーター・ユーレムは絶対に俺が討つ。
 あんたが犠牲になる必要なんて、どこにもない。
 それでもまだ、死にたいのか? 本当にそう思うのか!?」

 透明な壁に手をかけて、フサギコはサダコに迫った。
 そしてサダコも、縋るように、フサギコの手に自分の手を合わせる。

「……思いません……」

 涙混じりの声は、透明な壁に遮られることなく、フサギコの耳に届いていた。

「私だって、生きられるなら生きたい……!
 もっと、もっと、生きて……外に出て、世界を見てみたい!」

「それだけ聞けりゃ、十分だ」

 フサギコは、朗らかに微笑んだ。

「全部終わったら、いいとこ連れてってやるよ。
 死ぬなんて考えてた自分が、バカバカしくなるくらい、すげぇとこに。
 だから生きろ。絶対に、だ」

「……はい……!」

 透明な扉が、開かれる。
 結合部は錆びていて、扉を重くしていた。
 フサギコが手伝うことによって、ようやく、サダコは檻から解放される。

「ん!?」

 サダコの肩を抱いて、立ち慣れていない体を支えるフサギコ。
 その鼻が、急にひくつきだした。

「食いもん! なんかあんのか!?」

「あ、デスイーター・ユーレムを誘き寄せるために……」

 そうか、ここにため込んでいたのか。
 だから町中の飲食店が閉まっていたのか。
 フサギコは、今更そんなことに気づいた。

「貰うぞ! 腹減って魔力がやべぇ!」

 以前、サダコと向かい合っていたフサギコの位置からは、死角。
 部屋の片隅に積み上げられた箱には、肉から野菜、果物まで実に様々な食材が詰め込まれていた。

「最初からここ来りゃ良かったのか、くそっ……」

 とにかく何かを手に掴み、すぐさまかじるフサギコ。
 溢れ出す果汁。柑橘系の果物。

 そう、認識した瞬間。

「ッ……!」

 来た。
 何が、なのかは、フサギコにとって、考えるまでもないことだった。

 サダコの全身は、震えている。
 それは、恐怖。そして町全体を揺るがすような、地響き。

(逃がす時間は、ねぇな……)

 ここには食料が溜め込まれている。
 できれば、サダコを遠ざけたいとフサギコは思っていた。
 しかし、それももはや厳しい。

「サダコ、外に出るなよ」

「は、はい」

 すぐさまサダコの占術屋を飛び出すフサギコ。
 瞬間、またも地は揺れ動いた。

 かなり、近い。
 そう感じたフサギコは、すぐさまフォルダーからカードを取り出す。

(条件さえ整えば、一撃で終わらせられるはずだ……)

 手にしたカードは三枚。
 そのうちの一枚は、【マグマ・ドール】だが、他の二枚は――――

「うおっ!」

 三度目の揺らぎは、辛うじて立っていられた、というほどの規模。
 カードを手から零さないために、そして、出現箇所を見極めるために、フサギコは集中力を高める。

 四度目。
 今度は、地震といってもよかった。
 フサギコは、若干の恐怖とともに、そう感じた。

 Sカテゴリーに属するモンスター。
 酒場の店主やサダコに言うことはなかったが、フサギコにとって、今まで相対したことがない相手だ。
 勝てる保証など、本当はどこにもない。

 だが、それでも。
 フサギコは、二本の足で、そこに立っているのだ。

「……来たな」

 近傍の広場の土が、盛り上がる。
 地面に亀裂が走る。

 その直後には、飛び出してきていた。
 数メートルの体長と、その体よりも長い腕。
 赤い瞳と緑の鱗、臥するような体勢でフサギコを睨みつけている。

 デスイーター・ユーレム。
 蜥蜴類に属するが、フサギコには、竜といったほうが適切だろうと思えた。

 双眸を光らせ、ゆっくりとフサギコに近づいてくる。
 一瞬、フサギコは足が竦んだ。
 大見得きって対峙したはいいが、Sカテゴリーのモンスターは、異次元の強さを持しているのだ。

 だが、しかし。
 モンスター被害を受けている一般人を助けるのは、ワンダー本来の役目だ。
 黙って見過ごすことなど、できるはずがなかった。

 結局は、自分も親父の子であり、兄貴の弟なのだ。
 フサギコは、自虐的にそう思った。

「……Once/Complex/Shock/Scope」

 まずは、第一手。
 とにかく、敵の動きを封じにかかる。

「【Lv.1 シンバル】発動!」

 フサギコを中心として、およそ半径50メートル。
 突如、シンバルの音が鳴り響いた。

 大音声に驚いたデスイーター・ユーレムは、明らかな混乱を見せた。
 フサギコには、はっきりと勝機が見えた。

 畳み掛けてやる。
 フサギコは、心のなかでそう叫んだ。

「パッケージ! Once/Simple/Down/Scope!
 【Lv.2 ノックアウト】!」

 重低音を口から漏らし、喚きまわるデスイーター・ユーレム。
 その上空から降りてくるのは空気圧。

 元より地面を這って移動するデスイーター・ユーレムだが、押し潰されることによって身動きが取れない。
 フサギコの狙いは、確実に上手くいっていた。

 そのはずだった。

「ッ!!」

 大音声による混乱と、圧迫感。
 その二つは、確かに動きを封じ込めたが、しかし。

 デスイーター・ユーレムは錯乱状態のまま、暴れまわった。
 そして、Lv.2のノックアウトから脱したのだ。

「くそっ!!」

 目が、完全に獲物を狙うときのそれへと変貌していた。
 そして、フサギコが予想だにしなかったことが、ひとつあった。

 長大な腕を、振り回すのではなく、高速の移動に使用してきたことだ。
 大きく伸ばして、地面を掴み、素早く体を引き寄せる。
 一瞬にして、フサギコとの距離を詰めた。

「Eternal/Owner/Deffe……!」

 ダメだ、パッケージ指定が間に合わない。
 フサギコは、瞬時に頭を切り替えて、素早く跳躍した。

 足を払うような、デスイーター・ユーレムの一振り。
 長く伸びた腕を振り回すだけの、ただそれだけの攻撃。

 しかし、フサギコの背後にあったブリキの看板は、たやすく切り裂かれた。
 ただ殴っただけなら、看板は根元から引き抜かれ、潰れて宙を舞ったはずだ。
 だが、看板はあくまでその場に佇んでいる。頭の半分を、失った状態で。

 まともに喰らえば、間違いなくやられる。
 フサギコの全身が汗ばんでいるのは、蒸し暑さのせいではなかった。

(シンバルもノックアウトも、もうない……! どうする……!?)

 何を選んでも、博打になる。
 フサギコは、分かっていたが、踏み出せずにいた。
 失敗した道の先に待っているのは、紛うことなき死だからだ。

 化物と戦うことなど、当たり前の職業。
 しかしフサギコは、今までそれをほとんど経験してこなかった。
 それは、単純に、『死にたくない』という最も人間らしい理由で。

 いや、厳密には、死ぬわけにはいかない、と言ったほうが正しい。

(……でももう、やっちまうしかねぇ、か……!)

 フサギコは、その手に握り締める。
 【マグマ・ドール】を。

 かき消されれば、もはや打つ手はない。
 しかし、フサギコに残された手も、他にはないのだ。

 カードを右手にしたフサギコは、高らかに叫んだ。

「Once/Simple/Control/Hot! 【Lv.1 マグマ・ドール】!」

 派手な効果はない。
 カードの赤い光はただ、一直線にデスイーター・ユーレムへと翔けてゆく。

 直撃。
 そして、苦しみだすデスイーター・ユーレム。

 全身を熱させることで、体の自由を奪う。
 もがき苦しんで上げる咆哮には、フサギコも一瞬、耳を塞ぎそうになった。

 しかし、それでも。
 それでもデスイーター・ユーレムは、フサギコへと接近してきた。

 そして、マグマ・ドールの効力は切れる。

 苦しみから解放された瞬間、デスイーター・ユーレムは、激情を爆発させてフサギコに襲いかかった。
 大きく後ろへと引いた腕。反動をつけての攻撃。

 フサギコは、にやりと笑った。

「隙だらけだぞ、デスイーター・ユーレム」

 その、左手に握り締められたカード。
 それは、もうひとつの、パッケージ違いの【マグマ・ドール】。

 懐に完全な隙を作ったデスイーター・ユーレムを、見据えながら。
 パッケージとカード名称を、声高に宣言する。

Eternal/Simple/Attack/Fire! 【Lv.3 マグマ・ドール】!!

 フサギコの左腕から、立ち上る炎。
 それはやがて収束し、人の形を成していく。

 左腕から、離れる。
 マグマ・ドールはデスイーター・ユーレムへと接近する。

 しかし、デスイーター・ユーレムは、カテゴリーSのモンスター。
 黙ってマグマ・ドールの接近を許したわけではなかった。

 大きく反動をつけた右腕が、マグマ・ドールを狙う。
 術者であるフサギコを狙ったところで、この攻撃は回避できないと判断していたのだ。

 だが、マグマ・ドールは躍った。
 デスイーター・ユーレムの攻撃を、跳躍で軽やかに躱したのだ。

 リーチの長い攻撃は、連発できない。
 デスイーター・ユーレムの体に、マグマ・ドールの腕が、触れた。

 そして、そこに火達磨が生まれた。

 再びもがき苦しむデスイーター・ユーレム。
 今度は、そう簡単に効力が切れることもない。

 燃え盛り、まるでデスイーター・ユーレムが炎の人形のようになっていた。
 フサギコは、既に魔力を使い果たしたことで、両の膝を折っている。

 だがもう、身を守る必要はない、と確信していた。
 長い間、地上よりも温度の低い地中に潜んでいたということは、それだけ熱に慣れていない、ということだ。
 Sカテゴリーのモンスターとはいえ、弱点を突かれては一溜まりもない。

 やがて、その身を黒く染めたデスイーター・ユーレムの死骸が、広場に転がった。

「……終わった……」

 フサギコにとって、苦しい戦いではあった。
 過去にSカテゴリーのモンスターを倒したことは一度もなく、Aカテゴリー相手さえ経験は少ない。
 死こそ免れたものの、討ち果たすに至らなかったAカテゴリーモンスターもいる。

 今回も、博打味は存分にある戦いだった。
 それでもデスイーター・ユーレムを倒せたことで、フサギコのなかには言い知れない満足感があった。

「サダコ、終わったぞ」

 広場から少し離れた場所に、サダコの店はある。
 そちらへ向かって、フサギコは大声で呼びかけた。

 恐る恐る、店から顔を出すサダコ。
 今まで外に出たことがない、と言っていたからだろうか。
 それとも、デスイーター・ユーレムに対する恐怖からだろうか。

 どっちでもいいか、と、フサギコは軽く笑った。


 その笑みが消えるのは、サダコの表情を確認した直後。


「……違う……」

 声と、全身を震わせている。
 夜といえど外は蒸し暑い。寒気によるものではない。
 サダコは、はっきりと、恐怖を覚えていたのだ。

「……違う? なにがだ、サダコ」

「違う……! これじゃありません!
 私が写真で見たデスイーター・ユーレムは、もっと、もっと大きくて……!!」

「なっ……!!」

 ――――そして、やってくる。
 そのときが、やってくる。


 その5へ



【2008/12/24 21:22】 | 貞子祭り
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名無しさん
なん……だと……


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おおおぉぉぉ……!!


名無しさん
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サダコ逃げてえええ


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早く続きが読みたいです


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この記事へのコメント
なん……だと……
2008/12/24(Wed) 21:48 | URL  | 名無しさん #-[ 編集]
おおおぉぉぉ……!!
2008/12/24(Wed) 22:30 | URL  | 名無しさん #-[ 編集]
俄然面白くなってまいりました!
2008/12/24(Wed) 23:48 | URL  | 名無しさん #-[ 編集]
これはヤバい
2008/12/25(Thu) 06:52 | URL  | 名無しさん #-[ 編集]
面白いなぁ…
2008/12/25(Thu) 13:18 | URL  | 名無しさん #-[ 編集]
面白いぃいい!!
2008/12/25(Thu) 16:30 | URL  | 名無しさん #-[ 編集]
サダコ逃げてえええ
2008/12/25(Thu) 18:44 | URL  | 名無しさん #-[ 編集]
早く続きが読みたいです
2008/12/25(Thu) 19:42 | URL  | 名無しさん #-[ 編集]
wktkすぎる
2008/12/25(Thu) 21:53 | URL  | 名無しさん #-[ 編集]
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