◆azwd/t2EpEによる雑記です。 自由気ままに書いてみます。
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 デスイーター・ユーレムの死骸を、押しのけるようにして。
 地中から、現れる。

 デスイーター・ユーレム。
 黒焦げになっているほうが子だとすれば、親。
 それほど、二匹の体格には差があった。

「……最悪だ……」

 もう一匹、いたのだ。
 先ほどのデスイーター・ユーレムの、三倍はある大きさの、デスイーター・ユーレムが。

 太く、長い腕も、尋常ではなかった。
 まるで、大木のような存在だった。

「……悪い、サダコ……もう魔力が……」

 疲労、そして諦念。
 フサギコは、もはや立つことさえ叶わなくなっていた。

「ごめんなさい、ごめんなさい……! 私たちのせいで、フサギコさんまで……!」

 涙交じりにフサギコに駆け寄るサダコ。
 フサギコはもはや、言葉を返す気力さえ持てない。

 目の前に二人の人間がいると知れば、間違いなくデスイーター・ユーレムはそれぞれを喰らう。
 もはや、逃げることさえ叶わないだろう。
 フサギコは、全てを悟ってしまっていた。

 打つ手は、ないのだ。
 何ひとつとして。

 辛うじて顔を上げて、デスイーター・ユーレムを確認するフサギコ。
 まだ、距離はある。地中から出てきたばかりで、動きも鈍い。
 だが、いずれは確実に喰われる。

 この巨体だ、はたして二人で済むだろうか。
 せめて犠牲者は少なく。フサギコがそう思っても、抗うことはできない。

 しかし、フサギコは見てしまった。
 デスイーター・ユーレムの、遥か後方ではあるが、居たのだ。
 酒場の店主が、慄いた表情で、戦いを見ていた。

「バカヤロッ……!」

「お父さん!!」

 デスイーター・ユーレムに気づかれでもしたら、間違いなく喰われる。
 早く、身を隠せ。フサギコは叫びたかったが、声を上げればそれこそ気付かれてしまう。
 デスイーター・ユーレムが、すぐ地中に戻ることを願うしかないのだ。

 固く握りしめた拳を地面に叩きつけて、フサギコは自分の無力さを呪った。
 よくよく考えてみれば、最初のデスイーター・ユーレム程度の相手であれば、絶対に討てない相手ではない。
 過去に依頼されたワンダーの、いずれかが討ち果たしていただろう。

 だが、こいつが相手では、話は別だ。
 人を多く喰らったせいか、その巨体はフサギコの想像を軽く凌駕していた。

 例えスリースターズとマグマ・ドールの両方が使えた状態でも、倒せなかっただろう。
 このデスイーター・ユーレムを倒せる可能性があるとすれば、フサギコのカードのなかでは――――

「……!!」

 そうだ、何故だ。
 何故、分かったのだ。

「サダコ!!」

「は、はい!?」

 一瞬、デスイーター・ユーレムに対する恐怖さえ忘れたような、素っ頓狂な声をサダコは上げた。

「お前、見えるのか!?」

「な、何がですか!?」

「あのオッサンだ! 酒場の店主!」

 酒場の店主が父親だったこともフサギコにとっては驚きだったが、それ以上に。
 数百メートルは離れている相手を、はっきりと視認できていることが衝撃だった。

「は、はい……見えます、けど……」

 そうか、そういうことか。
 最初、酒場でシッターのことを聞いたとき、店主は何故かシスターのことを口にした。
 サダコのことを、だ。

 それに加えて、店主は一般人よりもワンダーやシッターについて詳しかった。
 フサギコは当時、何とも思わず受け止めていたが、恐らくあれは、店主自身が昔そうだったからだ。
 ワンダー崩れがいる、とも自分で言っていた。

 親が千里眼を持つ人間なら、子も千里眼を受け継ぐ可能性は高い。
 フサギコ自身が、そうであったように。

 何より、あれほど離れた位置からこの戦いを見ることができている。
 それこそが、店主が千里眼を持つことの証明。
 そして、その姿を見ることができた、サダコも――――

「千里眼だ! サダコ! お前には千里眼がある!」

「え、え、え!?」

「どうせなら……!!」

 賭けるしかない、とフサギコは思った。
 デスイーター・ユーレムも、徐々にその巨体を眠りから覚ましかけているのだ。

「千里眼……!? わ、私が……!? じゃあ……!!」

「もしかしたら、デスイーター・ユーレムを倒せるかも知れねぇ!」

 即座にフサギコはフォルダーからカードを取り出した。
 二枚。【Lv.2 シャイニング・レイ】、【Lv.1 カレンデュラ】。

 カレンデュラは、魔法の効果を長く持続させる力を持つ。
 そしてシャイニング・レイは、周囲を強い光で照らしだす魔法。

 デスイーター・ユーレムは、暗い地中に潜り続けているモンスター。
 出現も、必ず決まって陽が落ちたあとだ。

 ならば、光には弱い。
 眼をやられ、全身の肌は光の熱量で焦げ付き、絶命するだろう。
 それを、フサギコは確信していた。

「この二枚を……ッ!!」

 そう、言いかけたところで、フサギコは絶句した。
 あることに、気づいてしまった。

 普通、ワンダーもシッターも、カードを使い始めたばかりの頃は、使用魔力の低いカードから慣れていく。
 理論的には、自己魔力の上限に収まっていればカードを使えるが、ハイレベルカードは衝撃が強い。
 カードを使い慣れていないものには、耐えられない可能性があった。

 シャイニング・レイも、カレンデュラも、使えるはずだ。
 ただし、上限にはかなり近い。

 衝撃に耐えきれなかった場合、待ちうけるのは、死。

 フサギコは、声に出せなかった。
 この二枚を、使ってほしいと。

 サダコを助けるための戦いで、サダコが犠牲になる。
 それでは、フサギコにとって何の意味もないのだ。

 しかし、他に手がないことも事実。

 唇が震え、声を出せないでいるフサギコ。
 そして、その手から――――

 サダコは、カードを抜き取った。

「このカードを、使えばいいんですよね」

「違ッ……!」

 何も違わない。
 そうする以外に、道はないのだ。
 分かっているのに、フサギコは、踏み出せなかった。

 そのフサギコを見て、サダコは優しく笑う。

「分かります、何となく。多分、このカードを使うと、私は死ぬんだってこと」

「……違う……絶対じゃない、が……」

「安心しました。死なずに済む可能性も、あるんですね」

 しまった、とフサギコは心のなかで呟いた。
 絶対に死ぬ、と言ってサダコを止めるべきだった。

 止めたところで、どうしようもない。
 本当は、サダコに頼るしかないと、分かっていながら。

「……すまん……頼む……」

「どうすれば、いいのでしょうか」

「……俺に触れながら、パッケージとカード名称を唱えてくれ……それだけでいい……。
 先にカレンデュラ、それからシャイニング・レイだ……」

「分かりました」

 決然としている、サダコ。
 悄然としている、フサギコ。

 死に立ち向かおうとしている者が、どちらか分からなくなるような。
 そんな光景だった。

 人など容易く握り潰してしまえそうな、大きな腕の先にある手。
 そこから伸びる爪は、どれほど丹念に研がれた刃物よりも、鋭い切れ味を持っている。

 デスイーター・ユーレムの目は、確かにサダコとフサギコを捉えていた。

「いきます」

 デスイーター・ユーレムの両手が、天高く掲げられる。
 月の微弱な光さえ、覆い隠すように。

 そして、振り下ろされる。
 その直下では、サダコの冷静な声が発されていた。

「Eternal/Mix/Continuance/Point 【Lv.1 カレンデュラ】」

 サダコを中心に広がる、光の輪。
 デスイーター・ユーレムの腕は、一瞬降下を鈍らせた。

 カレンデュラ、発動。
 そして――――

「Eternal/Complex/Shine/Scope」

 神が、この世にいるはずはない。
 そんなものがいれば、そもそもサダコはこんな目にすら遭っていないはずだ。

 フサギコは、分かっていた。
 だが、それでも、祈るように、固く眼を閉じた。

「Lv.2」

 徐々に、光が拡散していく。

 デスイーター・ユーレムの腕が、サダコに迫る最中で。


 それでも、サダコは、最後まで冷静だった。




「シャイニング・レイ」











 ――――三ヶ月後。

 フサギコは、フィストラトスの頂上に立っていた。

「さすがだな……世界百景に選ばれるだけはある……」

 頂上の土を踏みしめ、景観を眺望した。
 心に湧きあがってくる感情を、じっと抑えながら。

「……こういう光景を……本当は、一緒に見たかったんだけどな……」

 寂しげな呟きは、風に混じっていく。

 鞄をどさりと降ろした。
 中から、一本のナイフを取り出したあとに。

 そして、フサギコは空いたほうの手を伸ばす。

「よう、怖かったか」

「すっごく怖かった、です……もう、目を開けても大丈夫ですか……?」

「まだだ、もうちょっと待て、サダコ」

 サダコの手を掴んで、体を引き寄せるフサギコ。
 固い地面へと導いた。

 ノックアップを使い、二人はやってきたのだ。
 世界百景のうちのひとつに選ばれる、フィストラトスの頂上へと。

 浮かんでいる途中、サダコは恐怖から目を閉じていた。
 フサギコが、そうしていろと言ったからだ。
 そして頂上についてもまだ、フサギコは瞼を閉じさせていた。

「ま、まだですか……?」

「ちょっと待てって」

 体を縮こまらせているサダコの、黒い髪をフサギコは優しく掴んだ。
 サダコは驚いて、更に固く瞼を閉じさせる。

 前髪は、顎を越えている。
 後髪は、腰を越えている。

 それぞれ、フサギコは手にしたナイフで、切り落とした。

「え、あれ……? 髪を……?」

「もったいないぜ、髪で視界なんか塞いでたら」

 切り落とされた髪は風に飛ばされていく。
 そして、フサギコは微笑んだ。

「開けていいぞ」

 サダコの視界に、光が入りこむ。
 徐々に広がっていく。

 その光の、先には――――

「……凄い……!!」

 眼下の樹海さえ、指の間に収まるほどちっぽけな存在。
 カシアスの町も、まるでミニチュア。

 そして、その向こうに広がる、海原。
 どこまでも、どこまでも続いている世界。

 海上には島々が浮かんでいた。
 ちょうど、百八つ。
 それら全てを見渡せるのは、フィストラトスの頂上の他にはない。

 島々は独自の色を持っている。
 土の色、あるいは木々の色。
 それぞれ、島ひとつひとつが固有の色を持しているのだ。

 海の星、と呼ばれていた。

「世界で唯一、昼間でも星がキレイに見えるんだ、ここは」

「知ってます……ずっと、ずっと見たかったんです……」

 涙ぐみながら、サダコは世界を見渡していた。
 滲んだ視界でも、はっきりと海の星は見える。
 強い輝きを発しているかのように。

「占術屋に来る旅の方が、仰ってたんです……海の星は、一度は見る価値がある、って……。
 フィストラトスに昇ることは難しいけれど、見て損はないって……」

「そうだな、まともに昇ろうとすると厳しい。道中にBカテゴリー以上のモンスターがわんさかいる。
 かといって、ノックアップを用意するのも難しいんだ、ホントは。
 俺はこのために頑張って作ったけどな」

「そうなんですか……? 何故、フサギコさんは、ここに……?」

「世界百景を、制覇したいんだ、俺は」

 フサギコは、その場に腰を降ろした。
 サダコも寄り添うような位置で膝を折る。

 気圧の変化から身を守るため、フサギコが【Lv.2 シェル】を発動させている。
 サダコは、フサギコの側から離れられない。

「旅の目的、ってのがそこにあるんだけどな」

「何故、世界百景を……?」

 フサギコは、懐かしむような表情のまま、笑った。

「俺の親父はワンダーで、魔法を使って色んなとこに連れてってくれたんだ。
 ユゼルト峡谷とか、ティーセパン河川とか……ビオル雪原も行ったなぁ。
 俺は、自然と色んな景色を見るのが好きになってた。

 そのなかでも特に凄かったのが、レグリオル山脈の、クワイレル山だ。
 標高13302メートルの、世界最高峰。
 魔法を持たない人間じゃあ、とても辿りつけない境地。

 雲海さえ遥かに遠いそこは、完全に別世界だった。
 言葉にできなかったよ、ホントに。
 白い絵の具をぶちまけたみたいな、一面真っ白な世界で……」

 輝かしい表情のまま、その景色を口で懸命に表現しようとするフサギコ。
 サダコはずっと笑顔で、フサギコを見つめていた。

「クワイレル山に連れてってくれた、二年後に親父はSSカテゴリーのモンスターにやられた。
 もちろん、覚悟してたことだが、やっぱり辛かったな、あれは……。
 いつも俺と兄貴を楽しませてくれた、親父が大好きだったし、尊敬してたから……」

「お兄さんも、いらっしゃるのですか?」

「ん? あぁ。尊敬する親父に追い付こう、って二人で約束して、ワンダーになった。
 二人とも千里眼を持ってたのは分かってたからな。
 いつか、もっと色んな景色を見て、クワイレル山にも行こうって話してて……。

 ……でも、ずっと一緒に旅してた兄貴も、SSカテゴリーのモンスターに勝てず、やられちまったんだ。
 俺よりずっとずっと、強かった兄貴だけど、夢は果たせなかった。
 どっちも、モンスターにやられて困ってた町を助けようとしてたんだ。親父も兄貴も、優しかったから。

 俺は、夢と約束を果たしたかった。
 だから、今までほとんど、モンスター討伐はやってこなかったよ。
 そういう噂を聞いた町は、ことごとく避けてきた」

「……では、何故……何故、私たちを助けてくれたのですか?」

「やっぱし、目の前で困ってるのを見ると、ほっとけないもんだな、ってさ。
 親父と兄貴の血は、俺にも流れてんだなぁって思ったよ。
 普段なら絶対、Sカテゴリーのモンスターなんて相手にしねぇのに」

「ありがとうございます、本当に。みんな、本当に感謝しています」

「やめてくれ。礼を言われるのは苦手なんだ、面映ゆくて」

「足りないくらいです、全然」

「結局は、お前の力だ、サダコ。
 お前が限界まで魔力を絞り切って、シャイニング・レイを完璧に発動させたから」

「私は、よく覚えていないのですけれど……充分でしたか?」

「充分すぎるくらいだ。多分、光属性の魔法が合ってるんだろうな。
 他のシッターじゃ、シャイニング・レイとカレンデュラのコンボでも、デスイーター・ユーレムを倒せたかどうか」

「そうなんですか?」

「まぁな」

 状況が揃っていた、ということもある、とフサギコは思っていた。

 カシアスの町を襲っていたデスイーター・ユーレムは、20年間、人を喰らいつづけた。
 その多くは、捧げられた生贄を喰らうだけであり、地上にいる時間はほとんどなかったはずなのだ。

 微弱な月や星の光さえ、受けることはない。
 光への耐性は、いっそう弱まっていたはずだ。
 そこへ、強力なシャイニング・レイを受けた。

 まともな戦いも、長年遠ざかっていた。
 加齢もあっただろう。デスイーター・ユーレムの身体は、相当に脆弱化していたのかも知れない。

 勝てたのは、運が良かったからだ。
 フサギコはそういう結論に達していた。

 ただ、サダコの魔力が、シャイニング・レイとカレンデュラに耐えきれたことは、フサギコにとって予想外だった。
 話を聞けば、やはり酒場の店主は元ワンダーだったのだ。
 名前に聞き覚えはなかったが、かつてはカテゴリーAのモンスターを倒したこともあるらしい。

 デスイーター・ユーレムには、16年前に立ち向かったと口にした。
 そのときの戦いで、サダコの母であるシッターを失った、とも。

 戦いに興奮したことで、デスイーター・ユーレムは町の人間を数人喰らった。
 その責任を感じて、酒場の店主は、娘のサダコを生贄に捧げようとしていたのだ。

 フサギコにとっては、度し難い理由だった。
 無論、叱責しようとはした。

 それを止めたのは、他ならぬサダコだった。
 理由の全てを知っても、サダコは父親を庇ったのだ。
 誰よりも辛い思いをしたのは、きっとお父さんだから、と。

 フサギコは、納得いかなかったが、サダコに止められては何も言えなかった。

「では、これからは」

「ん?」

「これからは、また、違う場所へと向かうのですか?」

 フサギコの真横に座っているサダコは、膝を抱えている。
 その膝に、頭をつけながら、しかし顔はフサギコのほうを向けていた。
 髪を短くしてからのサダコは、まるで別人のようだ、とフサギコは感じていた。

「そーいや、酒場の店主の嫁さん、写真見たけど美人だったもんなぁ……」

「……は、はい?」

「独り言だ、気にすんな。俺は次の景色を求めにいくよ。
 次は、そうだな。リルレグ高原かな」

 今まで、誰かに行き先を告げたことなど、フサギコには経験がなかった。
 しかし、サダコ相手には、自然と口から出てきた。

 旅の理由にしても、そうだ。
 誰かに話すことを、今まで頑なに拒んできた。
 軽い意地があり、誰かに話すことが気恥かしく思えていたためだ。

 だが、何故サダコには。
 フサギコは、分からないふりをしていた。

「……でしたら……」

 横向けていた顔を、膝に埋めさせるサダコ。
 しかし、次の言葉はなかなか発さない。

 それを見て、フサギコは助け舟を出した。

「一緒に来るか? サダコ」

 弾けるように、サダコは顔を上げた。

「俺は滅多にモンスター討伐なんてやんねぇから、年がら年中ひもじい思いしてんだ。
 つまり貧乏ワンダーで、とても専属シッターを雇う余裕なんてなかった。
 だから、もし俺についてきてくれるとしても、報酬なんて全く出せねぇけど……」

 それでも、良ければ。
 そう言いきる前に、サダコはフサギコの手を掴んでいた。

「行きます! 私も、世界中を旅してみたいです!
 今までずっと、何も見てこれなかったから……!」

「そうだよな、まだ何にも知らないんだもんな。
 世界にはもっと、もっと凄いとこがいっぱいあるんだぜ」

「フサギコさんと、一緒に見たいです!」

「決まりだな」

 フサギコは、フォルダーからカードを10枚ほど取り出した。
 それらは全て、シッター専用のカードだ。

「お前に渡しとくよ、これは。珍しいカードがけっこうあるが、特にシャイニング・レイは貴重だから、大切にしてくれよ」

「は、はい!」

「で、当面の目標についてだが」

 シッター専用のカードと同時に、取り出したカード。
 名称、ワープスター。

「【Lv.1 ワープスター】。こいつはまだ、目に見える範囲にしか移動できない。
 これがLv.3になると、地名を告げるだけでそこに移動してくれる。
 つまり、世界最高峰のクワイレル山の頂上にもひとっ飛びってわけだ」

 サダコは、目を輝かせながらフサギコの言葉を聞いていた。

「今後は、これをLv.3にすることを目標にしていく。
 ただ、簡単じゃないぞ。カードのレベルアップは、カードを合成することで果たせるんだが……。
 Lv.2にするだけでも、素材に必要なのが、マグネットのLv.2とか、ウイング・カッターのLv.3とか、レムナントのLv.2とか……」

「なんか、大変そうですね……」

「だからクワイレル山の制覇者は数少ない。困難極まる道だ、ホントに。
 素材のカードを集めるためには、こういう危険な場所に来る必要もあるし、そればっかだからカネはねぇし……。
 どうする、ついてくるのはやめとくか?」

「意地悪な質問ですね、答えなんて分かってるくせに」

 サダコは、やはり笑顔が似合う女だ。
 フサギコは改めてそう思った。

 そして、今さらながら、危険を顧みず人を助けにいった父親や兄の気持ちが、分かった気がしていたのだ。

「よし、じゃあそろそろ下りるか。シェルの効果も切れてきそうだし」

「あ、はい。今度は何のカードを使うんですか?」

「え?」

 何のカードを使うか。
 登りは、ノックアップで浮いてきた。では、下りは。

「……あ……」

「え、え?」

「……考えてなかった……」

「ええええぇぇぇぇ!?」

 右往左往するフサギコ、サダコ。
 そこはフィストラトス、標高5000メートル近い山。

「なんていうか……俺って、後先考えないとこが、あってだな……。
 実はデスイーター・ユーレムと戦う前にも、勘違いで最強カード使っちまって……。
 そのせいで、あんとき魔力が……」

「ど、どうするんですか!?」

「どうしよう……やっぱ俺についてくるのは止めとくか……?」

「や、やめませんけど……」

「……まぁ、俺についてくるんだったら、こんくらいのことには慣れてもらわないとな、うん。
 よーし、なんとかして頑張って下りよう!」

「な、なんとかなります!?」

「多分な!」

 フサギコは、笑顔で右手を差し出した。
 サダコは、少し呆れ気味の顔で、しかし口元を緩ませながら、フサギコの右手を握り締める。

「行くぞ!」

「は、はい!」

 二人の真上に広がる蒼穹は、僅かな断雲さえ浮かんでいない。
 果てしない大海原と交じりあって、境界線さえどこにも見当たらない風景。

 それを背後に、二人は、勢いよく駆け出して行った。
 屈託のない、笑顔のままで。















【その眼に映る、行方知れずの天壌無窮】

              ~The End~



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 デスイーター・ユーレムの死骸を、押しのけるようにして。
 地中から、現れる。

 デスイーター・ユーレム。
 黒焦げになっているほうが子だとすれば、親。
 それほど、二匹の体格には差があった。

「……最悪だ……」

 もう一匹、いたのだ。
 先ほどのデスイーター・ユーレムの、三倍はある大きさの、デスイーター・ユーレムが。

 太く、長い腕も、尋常ではなかった。
 まるで、大木のような存在だった。

「……悪い、サダコ……もう魔力が……」

 疲労、そして諦念。
 フサギコは、もはや立つことさえ叶わなくなっていた。

「ごめんなさい、ごめんなさい……! 私たちのせいで、フサギコさんまで……!」

 涙交じりにフサギコに駆け寄るサダコ。
 フサギコはもはや、言葉を返す気力さえ持てない。

 目の前に二人の人間がいると知れば、間違いなくデスイーター・ユーレムはそれぞれを喰らう。
 もはや、逃げることさえ叶わないだろう。
 フサギコは、全てを悟ってしまっていた。

 打つ手は、ないのだ。
 何ひとつとして。

 辛うじて顔を上げて、デスイーター・ユーレムを確認するフサギコ。
 まだ、距離はある。地中から出てきたばかりで、動きも鈍い。
 だが、いずれは確実に喰われる。

 この巨体だ、はたして二人で済むだろうか。
 せめて犠牲者は少なく。フサギコがそう思っても、抗うことはできない。

 しかし、フサギコは見てしまった。
 デスイーター・ユーレムの、遥か後方ではあるが、居たのだ。
 酒場の店主が、慄いた表情で、戦いを見ていた。

「バカヤロッ……!」

「お父さん!!」

 デスイーター・ユーレムに気づかれでもしたら、間違いなく喰われる。
 早く、身を隠せ。フサギコは叫びたかったが、声を上げればそれこそ気付かれてしまう。
 デスイーター・ユーレムが、すぐ地中に戻ることを願うしかないのだ。

 固く握りしめた拳を地面に叩きつけて、フサギコは自分の無力さを呪った。
 よくよく考えてみれば、最初のデスイーター・ユーレム程度の相手であれば、絶対に討てない相手ではない。
 過去に依頼されたワンダーの、いずれかが討ち果たしていただろう。

 だが、こいつが相手では、話は別だ。
 人を多く喰らったせいか、その巨体はフサギコの想像を軽く凌駕していた。

 例えスリースターズとマグマ・ドールの両方が使えた状態でも、倒せなかっただろう。
 このデスイーター・ユーレムを倒せる可能性があるとすれば、フサギコのカードのなかでは――――

「……!!」

 そうだ、何故だ。
 何故、分かったのだ。

「サダコ!!」

「は、はい!?」

 一瞬、デスイーター・ユーレムに対する恐怖さえ忘れたような、素っ頓狂な声をサダコは上げた。

「お前、見えるのか!?」

「な、何がですか!?」

「あのオッサンだ! 酒場の店主!」

 酒場の店主が父親だったこともフサギコにとっては驚きだったが、それ以上に。
 数百メートルは離れている相手を、はっきりと視認できていることが衝撃だった。

「は、はい……見えます、けど……」

 そうか、そういうことか。
 最初、酒場でシッターのことを聞いたとき、店主は何故かシスターのことを口にした。
 サダコのことを、だ。

 それに加えて、店主は一般人よりもワンダーやシッターについて詳しかった。
 フサギコは当時、何とも思わず受け止めていたが、恐らくあれは、店主自身が昔そうだったからだ。
 ワンダー崩れがいる、とも自分で言っていた。

 親が千里眼を持つ人間なら、子も千里眼を受け継ぐ可能性は高い。
 フサギコ自身が、そうであったように。

 何より、あれほど離れた位置からこの戦いを見ることができている。
 それこそが、店主が千里眼を持つことの証明。
 そして、その姿を見ることができた、サダコも――――

「千里眼だ! サダコ! お前には千里眼がある!」

「え、え、え!?」

「どうせなら……!!」

 賭けるしかない、とフサギコは思った。
 デスイーター・ユーレムも、徐々にその巨体を眠りから覚ましかけているのだ。

「千里眼……!? わ、私が……!? じゃあ……!!」

「もしかしたら、デスイーター・ユーレムを倒せるかも知れねぇ!」

 即座にフサギコはフォルダーからカードを取り出した。
 二枚。【Lv.2 シャイニング・レイ】、【Lv.1 カレンデュラ】。

 カレンデュラは、魔法の効果を長く持続させる力を持つ。
 そしてシャイニング・レイは、周囲を強い光で照らしだす魔法。

 デスイーター・ユーレムは、暗い地中に潜り続けているモンスター。
 出現も、必ず決まって陽が落ちたあとだ。

 ならば、光には弱い。
 眼をやられ、全身の肌は光の熱量で焦げ付き、絶命するだろう。
 それを、フサギコは確信していた。

「この二枚を……ッ!!」

 そう、言いかけたところで、フサギコは絶句した。
 あることに、気づいてしまった。

 普通、ワンダーもシッターも、カードを使い始めたばかりの頃は、使用魔力の低いカードから慣れていく。
 理論的には、自己魔力の上限に収まっていればカードを使えるが、ハイレベルカードは衝撃が強い。
 カードを使い慣れていないものには、耐えられない可能性があった。

 シャイニング・レイも、カレンデュラも、使えるはずだ。
 ただし、上限にはかなり近い。

 衝撃に耐えきれなかった場合、待ちうけるのは、死。

 フサギコは、声に出せなかった。
 この二枚を、使ってほしいと。

 サダコを助けるための戦いで、サダコが犠牲になる。
 それでは、フサギコにとって何の意味もないのだ。

 しかし、他に手がないことも事実。

 唇が震え、声を出せないでいるフサギコ。
 そして、その手から――――

 サダコは、カードを抜き取った。

「このカードを、使えばいいんですよね」

「違ッ……!」

 何も違わない。
 そうする以外に、道はないのだ。
 分かっているのに、フサギコは、踏み出せなかった。

 そのフサギコを見て、サダコは優しく笑う。

「分かります、何となく。多分、このカードを使うと、私は死ぬんだってこと」

「……違う……絶対じゃない、が……」

「安心しました。死なずに済む可能性も、あるんですね」

 しまった、とフサギコは心のなかで呟いた。
 絶対に死ぬ、と言ってサダコを止めるべきだった。

 止めたところで、どうしようもない。
 本当は、サダコに頼るしかないと、分かっていながら。

「……すまん……頼む……」

「どうすれば、いいのでしょうか」

「……俺に触れながら、パッケージとカード名称を唱えてくれ……それだけでいい……。
 先にカレンデュラ、それからシャイニング・レイだ……」

「分かりました」

 決然としている、サダコ。
 悄然としている、フサギコ。

 死に立ち向かおうとしている者が、どちらか分からなくなるような。
 そんな光景だった。

 人など容易く握り潰してしまえそうな、大きな腕の先にある手。
 そこから伸びる爪は、どれほど丹念に研がれた刃物よりも、鋭い切れ味を持っている。

 デスイーター・ユーレムの目は、確かにサダコとフサギコを捉えていた。

「いきます」

 デスイーター・ユーレムの両手が、天高く掲げられる。
 月の微弱な光さえ、覆い隠すように。

 そして、振り下ろされる。
 その直下では、サダコの冷静な声が発されていた。

「Eternal/Mix/Continuance/Point 【Lv.1 カレンデュラ】」

 サダコを中心に広がる、光の輪。
 デスイーター・ユーレムの腕は、一瞬降下を鈍らせた。

 カレンデュラ、発動。
 そして――――

「Eternal/Complex/Shine/Scope」

 神が、この世にいるはずはない。
 そんなものがいれば、そもそもサダコはこんな目にすら遭っていないはずだ。

 フサギコは、分かっていた。
 だが、それでも、祈るように、固く眼を閉じた。

「Lv.2」

 徐々に、光が拡散していく。

 デスイーター・ユーレムの腕が、サダコに迫る最中で。


 それでも、サダコは、最後まで冷静だった。




「シャイニング・レイ」











 ――――三ヶ月後。

 フサギコは、フィストラトスの頂上に立っていた。

「さすがだな……世界百景に選ばれるだけはある……」

 頂上の土を踏みしめ、景観を眺望した。
 心に湧きあがってくる感情を、じっと抑えながら。

「……こういう光景を……本当は、一緒に見たかったんだけどな……」

 寂しげな呟きは、風に混じっていく。

 鞄をどさりと降ろした。
 中から、一本のナイフを取り出したあとに。

 そして、フサギコは空いたほうの手を伸ばす。

「よう、怖かったか」

「すっごく怖かった、です……もう、目を開けても大丈夫ですか……?」

「まだだ、もうちょっと待て、サダコ」

 サダコの手を掴んで、体を引き寄せるフサギコ。
 固い地面へと導いた。

 ノックアップを使い、二人はやってきたのだ。
 世界百景のうちのひとつに選ばれる、フィストラトスの頂上へと。

 浮かんでいる途中、サダコは恐怖から目を閉じていた。
 フサギコが、そうしていろと言ったからだ。
 そして頂上についてもまだ、フサギコは瞼を閉じさせていた。

「ま、まだですか……?」

「ちょっと待てって」

 体を縮こまらせているサダコの、黒い髪をフサギコは優しく掴んだ。
 サダコは驚いて、更に固く瞼を閉じさせる。

 前髪は、顎を越えている。
 後髪は、腰を越えている。

 それぞれ、フサギコは手にしたナイフで、切り落とした。

「え、あれ……? 髪を……?」

「もったいないぜ、髪で視界なんか塞いでたら」

 切り落とされた髪は風に飛ばされていく。
 そして、フサギコは微笑んだ。

「開けていいぞ」

 サダコの視界に、光が入りこむ。
 徐々に広がっていく。

 その光の、先には――――

「……凄い……!!」

 眼下の樹海さえ、指の間に収まるほどちっぽけな存在。
 カシアスの町も、まるでミニチュア。

 そして、その向こうに広がる、海原。
 どこまでも、どこまでも続いている世界。

 海上には島々が浮かんでいた。
 ちょうど、百八つ。
 それら全てを見渡せるのは、フィストラトスの頂上の他にはない。

 島々は独自の色を持っている。
 土の色、あるいは木々の色。
 それぞれ、島ひとつひとつが固有の色を持しているのだ。

 海の星、と呼ばれていた。

「世界で唯一、昼間でも星がキレイに見えるんだ、ここは」

「知ってます……ずっと、ずっと見たかったんです……」

 涙ぐみながら、サダコは世界を見渡していた。
 滲んだ視界でも、はっきりと海の星は見える。
 強い輝きを発しているかのように。

「占術屋に来る旅の方が、仰ってたんです……海の星は、一度は見る価値がある、って……。
 フィストラトスに昇ることは難しいけれど、見て損はないって……」

「そうだな、まともに昇ろうとすると厳しい。道中にBカテゴリー以上のモンスターがわんさかいる。
 かといって、ノックアップを用意するのも難しいんだ、ホントは。
 俺はこのために頑張って作ったけどな」

「そうなんですか……? 何故、フサギコさんは、ここに……?」

「世界百景を、制覇したいんだ、俺は」

 フサギコは、その場に腰を降ろした。
 サダコも寄り添うような位置で膝を折る。

 気圧の変化から身を守るため、フサギコが【Lv.2 シェル】を発動させている。
 サダコは、フサギコの側から離れられない。

「旅の目的、ってのがそこにあるんだけどな」

「何故、世界百景を……?」

 フサギコは、懐かしむような表情のまま、笑った。

「俺の親父はワンダーで、魔法を使って色んなとこに連れてってくれたんだ。
 ユゼルト峡谷とか、ティーセパン河川とか……ビオル雪原も行ったなぁ。
 俺は、自然と色んな景色を見るのが好きになってた。

 そのなかでも特に凄かったのが、レグリオル山脈の、クワイレル山だ。
 標高13302メートルの、世界最高峰。
 魔法を持たない人間じゃあ、とても辿りつけない境地。

 雲海さえ遥かに遠いそこは、完全に別世界だった。
 言葉にできなかったよ、ホントに。
 白い絵の具をぶちまけたみたいな、一面真っ白な世界で……」

 輝かしい表情のまま、その景色を口で懸命に表現しようとするフサギコ。
 サダコはずっと笑顔で、フサギコを見つめていた。

「クワイレル山に連れてってくれた、二年後に親父はSSカテゴリーのモンスターにやられた。
 もちろん、覚悟してたことだが、やっぱり辛かったな、あれは……。
 いつも俺と兄貴を楽しませてくれた、親父が大好きだったし、尊敬してたから……」

「お兄さんも、いらっしゃるのですか?」

「ん? あぁ。尊敬する親父に追い付こう、って二人で約束して、ワンダーになった。
 二人とも千里眼を持ってたのは分かってたからな。
 いつか、もっと色んな景色を見て、クワイレル山にも行こうって話してて……。

 ……でも、ずっと一緒に旅してた兄貴も、SSカテゴリーのモンスターに勝てず、やられちまったんだ。
 俺よりずっとずっと、強かった兄貴だけど、夢は果たせなかった。
 どっちも、モンスターにやられて困ってた町を助けようとしてたんだ。親父も兄貴も、優しかったから。

 俺は、夢と約束を果たしたかった。
 だから、今までほとんど、モンスター討伐はやってこなかったよ。
 そういう噂を聞いた町は、ことごとく避けてきた」

「……では、何故……何故、私たちを助けてくれたのですか?」

「やっぱし、目の前で困ってるのを見ると、ほっとけないもんだな、ってさ。
 親父と兄貴の血は、俺にも流れてんだなぁって思ったよ。
 普段なら絶対、Sカテゴリーのモンスターなんて相手にしねぇのに」

「ありがとうございます、本当に。みんな、本当に感謝しています」

「やめてくれ。礼を言われるのは苦手なんだ、面映ゆくて」

「足りないくらいです、全然」

「結局は、お前の力だ、サダコ。
 お前が限界まで魔力を絞り切って、シャイニング・レイを完璧に発動させたから」

「私は、よく覚えていないのですけれど……充分でしたか?」

「充分すぎるくらいだ。多分、光属性の魔法が合ってるんだろうな。
 他のシッターじゃ、シャイニング・レイとカレンデュラのコンボでも、デスイーター・ユーレムを倒せたかどうか」

「そうなんですか?」

「まぁな」

 状況が揃っていた、ということもある、とフサギコは思っていた。

 カシアスの町を襲っていたデスイーター・ユーレムは、20年間、人を喰らいつづけた。
 その多くは、捧げられた生贄を喰らうだけであり、地上にいる時間はほとんどなかったはずなのだ。

 微弱な月や星の光さえ、受けることはない。
 光への耐性は、いっそう弱まっていたはずだ。
 そこへ、強力なシャイニング・レイを受けた。

 まともな戦いも、長年遠ざかっていた。
 加齢もあっただろう。デスイーター・ユーレムの身体は、相当に脆弱化していたのかも知れない。

 勝てたのは、運が良かったからだ。
 フサギコはそういう結論に達していた。

 ただ、サダコの魔力が、シャイニング・レイとカレンデュラに耐えきれたことは、フサギコにとって予想外だった。
 話を聞けば、やはり酒場の店主は元ワンダーだったのだ。
 名前に聞き覚えはなかったが、かつてはカテゴリーAのモンスターを倒したこともあるらしい。

 デスイーター・ユーレムには、16年前に立ち向かったと口にした。
 そのときの戦いで、サダコの母であるシッターを失った、とも。

 戦いに興奮したことで、デスイーター・ユーレムは町の人間を数人喰らった。
 その責任を感じて、酒場の店主は、娘のサダコを生贄に捧げようとしていたのだ。

 フサギコにとっては、度し難い理由だった。
 無論、叱責しようとはした。

 それを止めたのは、他ならぬサダコだった。
 理由の全てを知っても、サダコは父親を庇ったのだ。
 誰よりも辛い思いをしたのは、きっとお父さんだから、と。

 フサギコは、納得いかなかったが、サダコに止められては何も言えなかった。

「では、これからは」

「ん?」

「これからは、また、違う場所へと向かうのですか?」

 フサギコの真横に座っているサダコは、膝を抱えている。
 その膝に、頭をつけながら、しかし顔はフサギコのほうを向けていた。
 髪を短くしてからのサダコは、まるで別人のようだ、とフサギコは感じていた。

「そーいや、酒場の店主の嫁さん、写真見たけど美人だったもんなぁ……」

「……は、はい?」

「独り言だ、気にすんな。俺は次の景色を求めにいくよ。
 次は、そうだな。リルレグ高原かな」

 今まで、誰かに行き先を告げたことなど、フサギコには経験がなかった。
 しかし、サダコ相手には、自然と口から出てきた。

 旅の理由にしても、そうだ。
 誰かに話すことを、今まで頑なに拒んできた。
 軽い意地があり、誰かに話すことが気恥かしく思えていたためだ。

 だが、何故サダコには。
 フサギコは、分からないふりをしていた。

「……でしたら……」

 横向けていた顔を、膝に埋めさせるサダコ。
 しかし、次の言葉はなかなか発さない。

 それを見て、フサギコは助け舟を出した。

「一緒に来るか? サダコ」

 弾けるように、サダコは顔を上げた。

「俺は滅多にモンスター討伐なんてやんねぇから、年がら年中ひもじい思いしてんだ。
 つまり貧乏ワンダーで、とても専属シッターを雇う余裕なんてなかった。
 だから、もし俺についてきてくれるとしても、報酬なんて全く出せねぇけど……」

 それでも、良ければ。
 そう言いきる前に、サダコはフサギコの手を掴んでいた。

「行きます! 私も、世界中を旅してみたいです!
 今までずっと、何も見てこれなかったから……!」

「そうだよな、まだ何にも知らないんだもんな。
 世界にはもっと、もっと凄いとこがいっぱいあるんだぜ」

「フサギコさんと、一緒に見たいです!」

「決まりだな」

 フサギコは、フォルダーからカードを10枚ほど取り出した。
 それらは全て、シッター専用のカードだ。

「お前に渡しとくよ、これは。珍しいカードがけっこうあるが、特にシャイニング・レイは貴重だから、大切にしてくれよ」

「は、はい!」

「で、当面の目標についてだが」

 シッター専用のカードと同時に、取り出したカード。
 名称、ワープスター。

「【Lv.1 ワープスター】。こいつはまだ、目に見える範囲にしか移動できない。
 これがLv.3になると、地名を告げるだけでそこに移動してくれる。
 つまり、世界最高峰のクワイレル山の頂上にもひとっ飛びってわけだ」

 サダコは、目を輝かせながらフサギコの言葉を聞いていた。

「今後は、これをLv.3にすることを目標にしていく。
 ただ、簡単じゃないぞ。カードのレベルアップは、カードを合成することで果たせるんだが……。
 Lv.2にするだけでも、素材に必要なのが、マグネットのLv.2とか、ウイング・カッターのLv.3とか、レムナントのLv.2とか……」

「なんか、大変そうですね……」

「だからクワイレル山の制覇者は数少ない。困難極まる道だ、ホントに。
 素材のカードを集めるためには、こういう危険な場所に来る必要もあるし、そればっかだからカネはねぇし……。
 どうする、ついてくるのはやめとくか?」

「意地悪な質問ですね、答えなんて分かってるくせに」

 サダコは、やはり笑顔が似合う女だ。
 フサギコは改めてそう思った。

 そして、今さらながら、危険を顧みず人を助けにいった父親や兄の気持ちが、分かった気がしていたのだ。

「よし、じゃあそろそろ下りるか。シェルの効果も切れてきそうだし」

「あ、はい。今度は何のカードを使うんですか?」

「え?」

 何のカードを使うか。
 登りは、ノックアップで浮いてきた。では、下りは。

「……あ……」

「え、え?」

「……考えてなかった……」

「ええええぇぇぇぇ!?」

 右往左往するフサギコ、サダコ。
 そこはフィストラトス、標高5000メートル近い山。

「なんていうか……俺って、後先考えないとこが、あってだな……。
 実はデスイーター・ユーレムと戦う前にも、勘違いで最強カード使っちまって……。
 そのせいで、あんとき魔力が……」

「ど、どうするんですか!?」

「どうしよう……やっぱ俺についてくるのは止めとくか……?」

「や、やめませんけど……」

「……まぁ、俺についてくるんだったら、こんくらいのことには慣れてもらわないとな、うん。
 よーし、なんとかして頑張って下りよう!」

「な、なんとかなります!?」

「多分な!」

 フサギコは、笑顔で右手を差し出した。
 サダコは、少し呆れ気味の顔で、しかし口元を緩ませながら、フサギコの右手を握り締める。

「行くぞ!」

「は、はい!」

 二人の真上に広がる蒼穹は、僅かな断雲さえ浮かんでいない。
 果てしない大海原と交じりあって、境界線さえどこにも見当たらない風景。

 それを背後に、二人は、勢いよく駆け出して行った。
 屈託のない、笑顔のままで。















【その眼に映る、行方知れずの天壌無窮】

              ~The End~


【2008/12/25 23:18】 | 貞子祭り
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名無しさん
面白かったです

本当に、最高でした


名無しさん
面白かった!!
長編化してほしい


名無しさん
いいもん読ませてもらったよ。


名無しさん
楽しんで読みました。
ありがとう。


名無しさん
おもしろかったなあ
続き読みたい


名無しさん
やっぱ面白い



名無しさん
うーん、やっぱり短編には一つ欠点があるなぁ…

…『続きが読めない』


名無しさん
凄い引き付けられた……
アルファ完結したら是非長編化して欲しいです


名無しさん
あんだけバラ撒いた伏線をきっちり全部拾ってるのはさすが
面白かった


名無しさん
ほんと面白い。
アルファ完結したらこんな感じにブーン系小説の枠にとらわれない感じのやつをたくさん読みたいなー


名無しさん
作者、浮気か?
アルファが泣いてるぜ。


名無しさん
アル ;ー;)ファ


名無しさん
続き読みたいです!

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この記事へのコメント
面白かったです

本当に、最高でした
2008/12/25(Thu) 23:43 | URL  | 名無しさん #-[ 編集]
面白かった!!
長編化してほしい
2008/12/25(Thu) 23:46 | URL  | 名無しさん #-[ 編集]
いいもん読ませてもらったよ。
2008/12/26(Fri) 00:02 | URL  | 名無しさん #-[ 編集]
楽しんで読みました。
ありがとう。
2008/12/26(Fri) 00:39 | URL  | 名無しさん #-[ 編集]
おもしろかったなあ
続き読みたい
2008/12/26(Fri) 02:44 | URL  | 名無しさん #-[ 編集]
やっぱ面白い
2008/12/26(Fri) 08:52 | URL  | 名無しさん #-[ 編集]
うーん、やっぱり短編には一つ欠点があるなぁ…

…『続きが読めない』
2008/12/27(Sat) 01:53 | URL  | 名無しさん #-[ 編集]
凄い引き付けられた……
アルファ完結したら是非長編化して欲しいです
2008/12/27(Sat) 03:42 | URL  | 名無しさん #195Lvy4Y[ 編集]
あんだけバラ撒いた伏線をきっちり全部拾ってるのはさすが
面白かった
2008/12/27(Sat) 12:34 | URL  | 名無しさん #-[ 編集]
ほんと面白い。
アルファ完結したらこんな感じにブーン系小説の枠にとらわれない感じのやつをたくさん読みたいなー
2008/12/28(Sun) 22:49 | URL  | 名無しさん #-[ 編集]
作者、浮気か?
アルファが泣いてるぜ。
2008/12/31(Wed) 23:31 | URL  | 名無しさん #-[ 編集]
アル ;ー;)ファ
2009/01/02(Fri) 01:08 | URL  | 名無しさん #-[ 編集]
続き読みたいです!
2009/01/30(Fri) 23:06 | URL  | 名無しさん #-[ 編集]
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